確かに、それはあり得るシナリオで、そこそこの実現確率がありそうだし、風評への配慮も大切だ。だが、今回のように情報に不確実性が大きい状況下では、「もっと悪い事態」を大っぴらに想定して、その場合のことを論じるべきではないか。

 心理的には、悪い事態について口にすると、それが実現してしまう可能性が拡大するような一種の言霊信仰が働いているのかもしれない。一方、心配性の人は少なくないし、プライベートな場では不安を口にするのだが、公の場で冷静に「悪い事態」を仮定した発言をする人が少ない。現実にはさまざまな人がいるので、簡単に「国民性」という言葉では片付けたくないが、政治家や官僚、専門家などにいまひとつ頼りない感じがする方が多いのは残念だ。

 今のところ、新型肺炎は、(1)感染力は季節性インフルエンザ並みかそれ以上、(2)重篤化の度合いは重症急性呼吸器症候群(SARS)ほどではないがインフルエンザ以上、(3)有効な治療法はまだない、という状況だ。影響が上記の想定よりも大きい可能性が十分ある。

 春、夏への季節変化に期待しているのかもしれないが、新型肺炎はシンガポールのような暖かい国でも流行しているし、わが国でも昨年は夏にもインフルエンザが流行していた(筆者の身近な学校でも学級閉鎖などがあった)。

 例えば、流行が拡大し、継続した場合に学校や会社、役所などをどうするか、経済への影響にどう対処するか。また、東京オリンピックを延期する場合の判断時点と根回し方法、さらに代替策などについて、もっとオープンに話し合うべきだろう。

 先のことを想定できないと困る人が多数いるし、先に備えておいた方がうまく準備できる物事は少なくない。何よりも、「悪い場合でも、このように対処すれば大丈夫だ」と分かっていることの安心感が大きい。

 ちなみに、オリンピックの延期は、その間に別の関連イベントを入れることができるかもしれないし、「五輪商戦」が長期化する可能性もあって、経済的に悪いことばかりではない。選手にとっても、猛暑の東京で競技に参加するよりも別の季節の方がいいのではないか。