DCCは国内に4カ所ある厚労省指定の『特定感染症指定医療機関』の一つ。傘下に感染症内科、トラベルクリニック、国際感染症対策室の3部門を有し、国内外の感染症に関する包括的、多面的、先進的な取り組みを行っている。

 特定感染症指定医療機関は、例えば国際感染症について、海外で感染症に罹患した患者もしくは疑わしい症例を受け入れて診断、治療し、その過程で得た重要な知見を研究の形で還元する。加えて、診療に関する知見を積み上げつつ、感染防止対策、感染が起こった場合の対策への支援も担う。

 取材に対して先生は、「『新興・再興感染症』という概念が生まれたのは20年ほど前。当時、一番問題になっていた新興感染症は『鳥インフルエンザ(H5N1)』(1997年)。その後、『サーズ(SARS、重症急性呼吸器症候群)』(2003年)が流行し、世界中がパニックになった。今後も、新興感染症のリスクは経済発展と共に高まり、都市化・国際化の進展によって感染拡大のリスクも増していくだろう。日本人はもっと注意深くなるべきだ」と説いた。

 というのも、日本はこれまで、他の先進国と比べて島国であることが有利に働き、国際感染症から守られてきた。国際的な人の出入りが低いレベルで抑えられているため、感染症のリスクも低く収まっていたのだ。

「しかしながら、そういった優位性が、国民や医療従事者の危機感の低さにもつながっていると感じることが多々あります。そこは感染症対策に従事する立場の者として、忸怩たる思いがあるのです」

 明けて令和2年、危惧は現実となり、3月26日現在、新型コロナウイルスによる感染拡大が止まらない。感染症は今や、世界で最も重要視される医療であることは間違いない。

「誰にでも診れる」と
見下されていた時代もあった

 ただ、ほんの少し前まで日本では、特に医師の間で「誰にでも診れる疾患」という誤った認識があり、感染症は先進国に比べて後れの目立つ分野だった。そんな中、日本にとってよりよい「世界に誇れる感染症対策の体制」を構築すべく、日々努力を重ね、進化させてきたのが大曲先生だ。

 この1月、1年ぶりにお会いし、感染症医療を取り巻く環境の変化について尋ねてみた。

「確かに。僕が医者になったのは1997年、当時はそういう空気でした。鳥インフルエンザが流行った時期で、感染症に対する関心は一部で高まってはいましたが、全体からすれば『抗菌薬や抗生物質を投与すれば誰にでも治せるじゃん』という見下した感じでしたね。

 ところが実際に、現場で感染症の患者さんを診ていると、決してそんな簡単なものではありませんでした。診断が十分についていなかったり、治療はされているものの根拠が不十分だったり、不十分な診断で根拠のない投薬をされたりしたために病気が治らず、場合によっては亡くなられてしまうケースを目の当たりにしたのです」