自分を暴君にしないために
強力な仕組みを作った

――起業の話をしたとき、すぐに相手は乗ってくれましたか?

森岡 『森岡さん、何か面白いことできないでしょうか』って言ってくれる人が私の周りにはたくさんいました。人生の刺激がいまの環境では足らないと思っていた人たちです。私と同じような、挑戦が好きな人たちが、なぜか私の周りには集まってくる。そういう中で私が注意したことがあります。起業というのはリスクがあることなので、仮に私の試みが空中崩壊してしまったとしても、この人はピンでも食べて行けるだろうかということです。刀がうまくいかなかったとしても、自分の力でちゃんと稼いで生きていけるだけの極めて強力な市場価値を持っているだろうかという目で、最初のメンバーは特に厳選しました。たくさんの人間を最初から食べさせていくだけの売上もへったくれもなかったですから。実際に、最初の半年は、お給料すら払えなかった。そういうときでも自分の力で刀をなんとかしてやろうって思うような、強烈な戦闘意欲のある人ばかり12名で船出したのです。

私は人間関係ありきとか、そういう基準で組織をつくらないんですよ。目的ありきなんですね。自分がこれからやろうとしていることに対して、必要な機能、役割としての能力を揃えて、刀の組織自体をチームとしてできるだけ完全生物に近づけねばならない。そういう意味で、12名の能力の重なりというのが、できるだけ少ないように考えました。ここの分野はこの人が一番だと思える組み合わせを考えて船出したんです。

この最も大きなリスクを取ってくれた私以外の11名には、刀の価値がほぼゼロのうちに、私が100%持っていた株を半分以上分けました。つまり、彼らが本気で束になったら、私を解任できるわけです。そういう構造を最初から意図的につくったんですよ。一つはやはり、みんなで資本家になろうってことです。みんなで価値を生み出して、みんなで分ける、資本家になるその冒険の楽しみを一緒に共有したかったから。私のために働いてくれるのではなくて、自分のために働く人たちが共依存関係でつながった仲間という構造をつくりたかったんです。

もう一つは、私自身が暴君になる可能性をちょっと感じていましたし、いまも感じているからです。私自身が暴君になりたいとは思っていません。しかし、やはり株を持って、オーナーかつ社長で人事権を持っている人は、普通に考えたら絶対権力者なんです。みんな怖くてものが言えない。いろんな会社を見てきましたが、そこが問題で、周囲が大人しい付き人ばかりになっている会社がたくさんあります。私の性格と信条からすれば、そんな独裁者の専制組織を起業するぐらいだったら、どこかの公園の草むしりをして一生過ごしたほうが、ずっとやりがいがありますよ。

あと私自身の特徴への対処もありまして。私は、何かを閃いたときに熱狂的にのめり込んで、誰彼構わず、ものすごく強い言い方をしてしまったり、勝つためにあるべき水準に達していないことに対して強烈な怒りの感情が噴き出したりすることを、子どものころから何百回と繰り返して来てしまいました。不必要なストレスを人に与えることは本当によくない。みんな怖がってものが言えなくなるので、組織コミュニケーションが円滑に神経伝達できなくなります。

しかし、その常軌を逸した目的意識から生まれるエネルギーこそが私の活力の源泉でもあり、単純に無くすと周囲を動かすパワーまで失くすから難しいのです。だからそれは、失くすのではなく、上手く制御しなくてはならない。

これまでの意識的な努力の末に、若い頃に比べるとビックリするほどコントロールできるようになりましたが、それでも激情に行動が支配されることが稀に起こります。そういうこともあって、私自身の中に住んでいる怪物を、どうやって乗りこなすか、自分自身をどう操縦するか、生まれてくるエネルギーと情熱の量が大きければ大きいほど、それを制御するために、より強力な構造がいるんですよね。

そういう意味で、株の過半数を手放すことは、刀のために私自身を律して縛る「構造」を作ることだった。また、私自身が成長するために、私自身がなりたい自分になるためにも必要だった。起業家の大先輩方にはアホだなって言われますけどね(笑)。でも私の生き方と目的のためにはこれで正解だと思っています。