1982年11月6日
日本IBM社長 椎名武雄
 椎名武雄(1929年5月11日〜)が45歳で日本IBMの社長に就任したのは75年。以来92年まで17年間の長きにわたり同社を率い、89〜93年は米IBMの副社長も兼務している。92年に会長に就任して以降は経団連や経済同友会の要職に就き、IT戦略会議メンバーなども務めることで、日本における外資系企業の“地位”を向上させたことから「ミスター外資」との異名も取る。

 その椎名が「週刊ダイヤモンド」82年11月6日号で「日本的経営と米国的経営」をテーマとしたインタビューに応えている。

 今でもしばしば「黒船」と例えられるように、外資系企業は日本市場をかき回して、利益を全て本国に持ち帰る、警戒すべき相手と目されがちだ。椎名の時代は今よりもっとその傾向が顕著だった。特にコンピューター市場は、国産メーカーの育成に国も全力を注いでいた頃で、日本IBMに対する風当たりは強かった。そんな時代背景もあったのだろう。インタビューでの椎名の答えは、日本IBMがいかに日本的経営を行っているかを強調したものとなっている。

 椎名が社長就任以降、IBMの内外で打ち出していた有名なスローガンに「Sell IBM in Japan, Sell Japan in IBM(IBMを日本に売り込み、日本をIBMに売り込む)」というものがある。日本市場にIBMの企業哲学、理念を知らしめるとともに、本社にも日本の良さを分かってもらうのが自らの務めであるという意味だ。「経営者こそが最高の広報パーソンであるべし」といわれるが、まさにそれを実践したのが椎名だった。

 もっとも、終身雇用などの日本的経営を全面に打ち出してきた同社だが、2008年以降は大規模かつ冷酷なリストラで話題になることが増えた。また、12年には米本社出身のマーティン・イェッターが社長に就任。日本法人の独立性・独自性を重視した経営スタイルから、米本社によるグローバル戦略の中での日本市場という位置付けに転換した。そしてその後、ハードウエアからソフトウエア、さらにサービス、データへと業容を変えていき、かつてとは別の会社に生まれ変わっている。

 一方この間、日本の伝統的IT企業は、こうした世界的なテクノロジーの変化の波に置いていかれた。それを考えると、日本IBMの復活はやはりドライな米国式経営が功を奏したということなのだろう。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

日本的経営と米国的経営
共通項をどこに見いだすか

──日本と米国の経営はどう違うのか、ということもさりながら、本当に違うのかという疑問もあります。

1982年11月6日号1982年11月6日号より

 非常に大きな問題ですから、経営に携わっている者よりも、大学の先生が分析した方が正しいことが言えると思いますが、実務者の一人として申し上げますと、これが米国経営、これが日本経営という定型的なものはないと思いますね。松下経営があり、トヨタ経営があり、IBM経営があるということです。

 ただ松下さんやトヨタさんは、あくまでも日本という土壌で、日本人が先祖から授かったいろいろな遺産も入れた上での知恵から発生していまして、ほかの国とは発生の土壌が違いますから、それを日本的経営といえば、日本的経営になります。

 ご存じのように松下さんもトヨタさんも、それぞれ非常に特徴がありますね。それを一つにくくるのは大変難しいと思います。それと同じように、米国にもGMあり、GEあり、コダック等々ありますが、私はIBM以外のことは知りませんから、あくまでも表面的なことでしか観察していませんけれども、やっぱり日本の中でも企業に違いがあるように、米国の中でも違いがあります。だけれども、それらはあくまでも米国という土壌の中で発達してきましたから、それを一つにくくれば米国的経営ということになりますね。

 だから共通項をどこに見いだすかというと大変難しい。例えば横断的な労働組合に対して企業内組合だとか、終身雇用に対して企業間の移動が多いとか、年功序列に対してメリットシステムということで、やや共通項はあるかもしれないが、それぞれ会社によって違います。

 米国で“日本的経営”がブームになっていますけれども、解説書を見ると、日本的経営が一般的に説明されて最後に必ず「しかし米国にも、これに似た経営をしている会社がある」と三つか五つの例が挙げられますが、その中に必ずIBMが出てくるんです。いわく「この会社は珍しく終身雇用である。従って、社員の企業に対する帰属意識あるいは忠誠心は高い」とか、「一般的に日本企業の長期志向に対し、米国企業は短期志向、短期の利益追求主義だが、IBMは長期志向で研究開発投資が多い」という具合です。

 土壌が違うんですから、日本で成功する企業のパターン、米国で成功する企業のパターン、ドイツで成功する企業のパターンと、それぞれ違うのが当たり前、また違わなくちゃおかしいと思うんですね。だけれども、成功している会社というのは基本的に、どこかで似ているところがある。例えば、IBMの人を大切にするという思想は、日本では当たり前といってもいいかもしれない。松下さんは創業以来「この会社は社会の公器である。従って預かった人を大切に育てなければならない」とおっしゃっている。IBMも70年前に創業者のワトソンが同じようなことを言っている。

 経営者というのは社会に合った仕組みを考えますけれども、中心にあるのは組織体をうまく動かしていくためには人間中心にならざるを得ないということで、これはドイツの経営者も中国の経営者も同じじゃないかと思うんです。