江戸時代には、北前船が西回りで日本海沿岸を通り、下関からくるりと瀬戸内海に入って大坂に運ばれるルートと、鹿児島(薩摩)から沖縄(琉球王国)に渡り、中国(清)に輸出されるルートが開発されました。

昆布の佃煮
【材料】材料 ・出汁がら昆布…100g/干し椎茸…3枚/水…1カップ(200ml)/酢…小さじ1/実山椒の佃煮…大さじ1/酒…大さじ3/みりん…大さじ3/醤油…大さじ3
【作り方】①干し椎茸は水に浸け、冷蔵庫で一晩かけて戻し、石づきを切り落として1mm幅に切る。出汁を取った後の昆布は3cm幅の色紙切りにする。②鍋に1を干し椎茸の戻し汁ごと入れ、酢を加えて中弱火にかけ、15分ほど煮る。③酒、みりん、醤油、実山椒の佃煮を加え、時々鍋を揺らしながら、汁気がなくなるまで弱火で煮詰める。

 昆布の取れない沖縄で、今日まで続く昆布食文化が発達したのは、薩摩藩が清と交易する際の中継地点だったためで、売り物にならない昆布を地元で消費していたからです。

 上質な昆布が直接届いた“天下の台所”大坂ではさらに、高温多湿な気候が保存中の昆布を熟成させ、渋みを消して旨味を増やすという効果を果たしました。

長芋塩昆布漬け
【材料】塩昆布…20g/長芋…10cm程度
【作り方】①長芋の皮をむき、1cm×3cm程度の拍子木切りにする。②ポリ袋に1と塩昆布を入れて軽く揉み合わせ、空気を抜いて口を閉じ、冷蔵保存する。

 逆に、江戸でなかなか昆布文化が定着しなかったのは、北海道から太平洋側を通る東廻り航路の開拓が遅れたことと、江戸の水は硬度が高く、昆布のだしが出にくかったことが原因と考えられます。

 上記の理由で、上方の昆布だしの旨さに敵わなかったため、江戸では後期になるまで、かたくなに鰹だしを守っていましたが、今では当たり前となった昆布とかつおの合わせだしのおいしさに気付かなかったのはもったいないことです。