株価の早期回復はグローバリゼーションの賜物

出口 株価が底割れせず、コロナ前の水準を取り戻せたのは、グローバリゼーションの賜物といって良いでしょう。世界の中央銀行が素早く連携して金融緩和を推し進めたから、株価は底割れせずに済んだのです。なかには「グローバリゼーションによってコロナが蔓延した」などという、寝ぼけたことを言っている人もいますが、それは端からグローバリゼーションが嫌いな人たちです。よく考えてもらいたいのですが、グローバリゼーションが進んでいたから株価の底割れを防ぐことができ、最終的にはマスクも行き渡ったのです。グローバルなサプライチェーンが見直され、生産拠点を国内に回帰させる動きが出てくるといった意見もありますが、では3.11が起こった時、何が議論されたのかというと、日本のような地震国ではサプライチェーンを海外に分散させなければ、再び激甚災害が生じた時、大変な事態に直面するということでした。日本に限らず、多くの国は、グローバリゼーションから離れるとそもそも生きてはいけません。近代の豊かな生活は化石燃料と鉄鉱石などの金属、ゴムという三資源で成り立っています。それは近代文明の象徴ともいうべき自動車や飛行機を見れば誰にでも分かることですが、この三資源を全て自国で賄える国はありません。だからグローバリゼーションが必要なのです。

奥野 パンデミックのような出来事が起こると人間は近視眼的になり、目の前の出来事にしか意識が行かなくなります。これはとても危険なことで、冷静な判断が出来なくなる恐れがあります。だからこそ歴史を学ぶ必要があります。人間とウイルスの戦いの歴史を見れば、今起こっていることはほんの一点に過ぎないことが分かります。ところが、そういう視点を持っていない人は現状に踊らされ、なかには「パンデミックによって資本主義は終焉を迎える」などとエキセントリックに騒ぎ立てようとします。東日本大震災やリーマンショックの時も、これをきっかけにして世の中の全てが大きく変わるなどと囃し立てた人が大勢いましたが、今にして思えば彼らが騒ぎ立てたほどには大きく変わりませんでした。リモートワークなどによってデジタリゼーションが進むなどと言っている人もいますが、デジタリゼーションは既定路線であり、そこへ向かうスピードが加速するだけの話です。

出口 同感です。それと共に、歴史を振り返るとパンデミックによってグローバリゼーションが加速したという事実があります。ある程度の質量を伴った文献記録として残されている最古のパンデミックは14世紀のペストです。この時は欧州だけで全人口の4分の1から3分の1に相当する約2500万人が亡くなりましたが、これによってルネッサンスと宗教改革がもたらされ、世界的に広がっていきました。15世紀にはコロン(コロンブス)が新大陸に到達したことによって、東半球と西半球で植物、動物、食物、人々、疫病など大規模かつ広範な交換が行われました。これをコロン交換と呼ぶのですが、天然痘をはじめとするさまざまな疫病が新大陸に伝播して、先住民人口が激減しました。9割以上が死に絶えたと言われています。それでも人々は新大陸を目指し、ジャガイモやトウモロコシが世界中に広がりました。まさにグローバリゼーションが進んだのです。そして1918年にはスペイン風邪によるパンデミックが起こりました。この時の世界人口は20億人で感染者は6億人、死者は4000万人から5000万人に達しましたが、それによって第一次世界大戦が終結し、国際連盟が誕生しました。このように過去3回のパンデミックは、グローバリゼーションを加速させたという事実があります。確かに今は飛行機が飛ばなくなり、国境を越えた人の行き来が止まっている状況ですが、これでグローバリゼーションが終わることはありません。ワクチンが開発され、新型コロナウイルスが他のインフルエンザと同じになった時、グローバリゼーションの動きは一段と加速するでしょう。

奥野 出口さんのお話を伺っていて、教養として歴史を学ぶことの大切さを改めて実感しました。中学や高校でも歴史を学びますが、卒業したら終わりではなく、社会人になってからも歴史を学び続ける必要があります。まさに自己投資ですが、私は今、「投資」の定義を変えたいと考えています。投資というと株式や通貨を売買しているイメージばかり先に立ちますが、それは投資のごく一部に過ぎず、事業投資やR&D、自己投資、あるいは今日のランチは何を食べるのかも含めて、今の支出によって将来の便益を得るのが投資だと定義するならば、お金を使う行為はすべて投資につながると思うのです。そう考えて、私は最近、高校生や大学生を対象に、ボランティアで講座を開いています。思っていた以上に若い人たちの反応はよく、手応えを感じています。

出口 おっしゃる通りですね。僕はこうした投資のうちの最たるものは自己投資だと考えています。

奥野 自分の時間と才能、そしてちょっとしたお金を何に投下するのかを判断するのが投資なのだということを、学生にもっと伝えていきたいと思います。そうしないと、日本の未来は本当に危ういからです。平均寿命が伸びて「人生100年時代」と言われる時代になってきましたが、年金制度は人生80年くらいに合わせて設計されています。うっかり長生きしてしまうと本当に貧しい老後を生きなくてはならないし、若い世代の負担は増加する一方だからです。

コロナ暴落後、なぜ株価は急回復したのか?出口治明×奥野一成「教養としての投資」対談(前編)
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』(ダイヤモンド社)など