新型コロナウイルスによるパンデミックは未だ収まる気配がありませんが、世の中は経済活動再開に向けて恐る恐る動き始めています。
歴史を振り返れば、人類は幾度となくパンデミックに直面し、それを乗り越えてきました。
果たして、今回のパンデミックは人類に何をもたらすのでしょうか。そして、世の中をどう変えていくのでしょうか。
『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』(ダイヤモンド社)を刊行した農林中金バリューインベストメンツCIOの奥野一成氏が、日本を代表する教養人であるAPU(立命館アジア太平洋大学)学長の出口治明氏と語り合いました。(構成/鈴木雅光)

パンデミックがもたらす社会変化

奥野 出口さんは世界の歴史に通暁していらっしゃいます。これまで幾度となく起こったパンデミックの歴史を紐解いた時、今回の新型コロナウイルスは私たちの生活にどのような影響を及ぼすと見ていますか。

出口 パンデミックは世界を進化させると思います。リモートワークを強いられるなかで、市民のITリテラシーは間違いなく向上しました。今回の対談もリモートで行っていますが、僕は自粛生活になるまでインターネット会議なんてやったことがなかった。このように人々のITリテラシーが向上すれば生産性も改善されるはずです。加えて、市民の政治に対する関心も高まっていくでしょう。なぜなら新型コロナウイルスに効くワクチンが開発されない限り、感染が収まらないと人々は基本的にステイホームを余儀なくされるからです。世界中の指導者は今、どうすれば市民が納得してステイホームをしてくれるのかという点について知恵を絞り、対策を講じています。しかも世界中でそれが同時進行しており、どの国の、あるいはどの自治体のリーダーが最も優れているのかを、市民は常に比較しています。こうして政治に対する関心が高まるのと同時に、ITリテラシーが向上することによって、世の中はとても良い方向に進んでいくと思います。その意味では、僕は楽観的ですね。

奥野 ステイホームはパンデミックを断ち切るうえで必要だとは思いますが、一方で経済活動は大幅な停滞を余儀なくされました。パンデミックを抑えるためには、ステイホームしか選択肢はないのでしょうか。

出口 ワクチンが開発されるまでは、それ以外の有効な手立てはありません。加えて、ステイホームは必然的にいくつかの問題を引き起こすのも事実です。ステイホームを行うためには、医療や食品販売、物流などに携わっているエッセンシャルワーカーの存在が必要不可欠です。彼らはステイホームができません。したがって、エッセンシャルワーカーへの支援を手厚くするのと同時に、彼らのおかげでステイホームが出来ている人たちは、常に感謝の気持ちを持つようにすべきです。なかには「医療従事者はウイルスに感染している可能性が高い」などと、差別的な扱いをされるという話もありますが、とんでもないことです。次にステイホームによって仕事をしなくなれば収入が途絶えます。大企業に勤めている人はしばらく安泰かもしれませんが、パートタイマーやアルバイトといった非正規雇用の人々ほど、この問題が深刻化しやすい。格差が表面化しやすいのです。社会的弱者に対する所得の再分配政策をコンパクトに設計し、スムーズに実行する必要があります。ただ、ステイホームはワクチンが出来るまでのことです。ワクチンさえ出来てしまえば、新型コロナウイルスはインフルエンザと同じになりますから、ハグも握手も出来るようになります。

奥野 経済面への影響についてはどう見ていらっしゃいますか。

出口 1-3月期のGDPは年率換算で2.2%のマイナスになりました。4-6月期は20%超のマイナスになるという予測も出ています。GDPが2ケタのマイナスになるのは、戦後初めてのことですから、経済は戦後最大の危機を迎えているといっても過言ではありません。ところが、株価は5月末にかけて大きく戻しました。日本だけでなく米国もそうでしたね。本来なら、日経平均株価で1万円程度まで落ちてもおかしくない状況であるにもかかわらず、ここまで戻したのはなぜなのでしょう。

奥野 そうですね。少なくとも今後1、2年程度の実体経済を考えれば、株価はもっと下がってもおかしくないと考えますよね。しかし私は、今回の株価下落は投資家にとっては絶好のチャンスだと考えていました。短期的スパンで見ると事業環境が激変し倒産する企業も出てくるでしょうし、パニックに陥って株を売り払ってしまう心理もわからなくはないですが、長期的スパンで見れば経済は必ず回復するはずです。人々の生活に必要な財・サービスを独自の強みの中で提供できている企業であれば、企業利益はいずれ危機前の水準を超えてきます。それはリーマンショックや東日本大震災で学んだことです。とは言え今回は株価の回復が予想以上に早かったのが特徴的ですね。

出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県美杉村生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年、上場。社長、会長を10年務めた後、2018年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。おもな著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く教養としての「世界史」I・II』(祥伝社)、『全世界史(上)(下)』『「働き方」の教科書』(以上、新潮社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『人類5000年史I・II・III』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『還暦からの底力』(講談社現代新書)、『「教える」ということ』(角川書店)など多数。