これには、さまざまな要因が関与しているが、ドイツの場合、国全体が「分散型」システムとしての性格を強く持っており、ベルリンやハンブルクのような一定の人口規模の都市も存在するものの、全体として中小規模の都市や町村が広く散在しており、「多極」的な空間構造になっていることが大きいと考えられる。

 こうした点を踏まえると、私は「都市集中から地方分散へ」という方向こそが、アフターコロナの日本社会を考えていく上でもっとも重要な軸になると考える。

 しかも重要なのは、この場合の「分散型」という方向性は、東京一極集中の是正といった、国土の空間的構造のみに関わるものではないことだ。

 ここで分散というのは、都市部から地方への分散にとどまらず、(1)リモートワークないしテレワークなどを通じて、自宅などで従来よりも自由で弾力的な働き方ができ、仕事と家庭、子育てなどが両立しやすい社会のありようや、(2)地方にいてもさまざまな形で大都市圏とのコミュニケーションや協働、連携が行いやすく、オフィスや仕事場などの地域的配置も分散的であるような社会の姿を広く指している。

 いわば、個人の生き方や人生のデザイン全体を含む、包括的な意味での「分散型」社会である。

 つまり、“密”から“散”、あるいは「集中から分散」という方向は、個人が従来よりも自由度の高い形で働き方や住まい方、生き方を設計していくことを可能にし、それは結果として経済や人口にとってもプラスに働き、社会の持続可能性を高めていくだろう。

 これは、くしくも先ほどのAIシミュレーションの内容と見事に重なっている。

 さらに言えば、これらは全体として、“東京に向かってすべてが流れる”とともに、いわば“集団で一本の道を上る時代”だった昭和や平成の価値観や社会構造からの根本的な転換を意味するだろう。

「コロナ後」の社会構想の中心にあるのは、こうした包括的な意味での「分散型社会」への移行なのである。

もう一つの課題
「格差」と分断の回避

 コロナ後の社会の構想で、どうしても落とすことのできない、もう一つの重要な点は、「格差」や分断をめぐる対応だ。

 議論の手がかりとして、最近、大きな話題になっている、アメリカにおける白人警察官による黒人の殺害事件とそこから生じた“Black Lives Matter”をめぐる運動の盛り上がりに目を向けてみよう。

 主要先進諸国の10万人あたり刑務所収容人口の国際比較(図表1)を見ると、アメリカが文字通り“突出”している。