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事業戦略、市場の変化、自社の世界観
3つの「見える化」

編集部(以下青文字):巨大な会社の改革というのは、まさに“群盲象を撫でる”という感じですね。

パナソニック 代表取締役社長
津賀一宏

1956年大阪府生まれ。1979年大阪大学基礎工学部生物工学科卒業後、松下電器産業(現パナソニック)入社。1986年カリフォルニア大学サンタバーバラ校コンピュータサイエンス学科修士課程修了。マルチメディア開発センター所長、パナソニックオートモーティブシステムズ社社長、AVCネットワークス社社長、代表取締役専務などを経て、2012年6月より現職。構造改革の手腕が高く評価され、『フォーチュン』誌「2015年最優秀ビジネスパーソン」で日本人経営者として唯一、30位に選出された。

津賀(以下略):まさに、そうです。そこが一番の問題です。「まったく見えなかった」というのが、社長になる直前の印象です。業績の悪さだけは見えていましたが、全体が見えないので、どう経営していいのかわからない。それが最大の不安でした。

 ですから、「見える化」を最初の目標にしたのです。見えるようになれば、少しは知恵が働くだろうと。先ほど申し上げたグループ戦略会議もその一環です。衆知を集めて、スピーディに対応するしかない。

津賀さんご自身が、パナソニックの可能性が「見える」ようになってきたのは、いつ頃でしょうか。就任されて半年後くらいですか。

 いやいや、そんなの全然見えなかったですよ。赤字でしたからね(笑)。株価も低迷していましたし。いくつか手を打って、「これなら、いけるかもしれんな」と思い始めたのは、社長になって2年くらい経ってからですね。1年目が大赤字。2年目に黒字転換して復配も実現した。まあこの頃ですね。

 第1フェーズでは荒療治をやって利益を出していますので、これが定着して利益が継続して伸びていくのか、売上げをいつになったら追えるようになるのか、と心配はありました。でも乗り切れるかなと思ったので、「早く売上げを上げて、反転攻勢しよう」と発破をかけました。ところが、言っても言っても反転しない。それがいまも続いていて、まだできないのか、と(笑)。

「見える化」には、3つの側面があると思います。1つが、事業戦略と社内の動きを見える化する、2つ目が、社会や時代という社外の変化を社内で見える化する、3つ目が、パナソニックの世界観を顧客(B2B含めて)に見える化する、ということでしょうが、それぞれどのレベルまで来ていますか。

 パナソニックは100年近く続く会社で、基本的な我々の「お役立ち」というのは、非常にシンプルで、人々の暮らしをよりよくする、住みやすい社会をつくることです。ですから、新ブランドスローガン“A Better Life, A Better World”にすべてをフォーカスしようとしています。

 しかし、創業者の松下幸之助が当初そういう理念を掲げた時とは、世の中が大きく変わっています。また規模も拡大し、グローバル化も進んでいますので、非常に多様なことをやらないと、単純な「水道哲学」では成立しない、というのも事実です。

 ただ、そういう中でどの国でどんな暮らしをされる方にも、“A Better Life, A Better World”を実現するというのが、我々の新しい解釈なのです。その実現は、自分たちだけではできません。そこで、どの産業と向き合っていくのか、パートナーになりうる企業とどれだけ深く結びついて協働できるか、ということを重視するようになってきています。

 そういうことを愚直にやっていけば、おかしな方向には行かない。そういう意味で、事業の方向性を見誤るリスクは相当低くなっていると思います。後は、我々が社会の変化なりニーズなりを敏感に感じ取って、自分たちの持つ強みをかけ合わせて、いかに「お役立ち」を実現するか。ここにかかっています。

 その結果として、パナソニックの世界観がお客さんに「見える」ようになってくると。

 そうです。それも厳密にブレークダウンしていくと、日本では、パナソニックは家電の会社であるけれど実は新しい挑戦もやっている、と見てもらえますが、たとえばアメリカでは、パナソニックはテレビメーカーだったのに気がつけばテスラモーターズに電池を納めている会社だと、こんなイメージなんです(笑)。国ごとに、我々を見る目は違うのです。

 したがいまして、いま世界中で、パナソニックはこの方向に向かっているんだ、ということを訴求しています。やはりパナソニックの信用、ブランドイメージは非常に大きいですから、どこでどんな事業をやるにしても、こうした資産を大事に立て直す、育てていくということを工夫しながら進めています。

 ただ基本のメッセージは、あくまで普通の人々の日々の暮らしにいろんな形で「お役立ち」するというものですから、それを忠実に実現するためなら、ブランドにこだわらずリソースを配分します。それが先ほどのテスラモーターズ向けや車載事業です。従来は、パナソニックというブランドが利かない領域ですから事業としての位置付けが低かったのですが、顧客への「お役立ち」という点では他の事業と同じです。ですから、堂々と「テスラモーターズの車は我々の電池で走っています」と言い、世の中に知ってもらう。そういうふうに変わりつつあります。

*パナソニックは、コンシューマー市場向けのB2C事業のイメージが強いが、津賀社長はコモディティ化した家電から、同社が蓄積してきた技術や知財を活用したB2Bの事業領域に「成長戦略」の舵を切った。