山本卓眞・富士通社長 週刊ダイヤモンド1983年7月2日号

 1980年代に富士通の社長を務めた山本卓眞(1925年9月11日~2012年1月17日)のインタビューである。山本は電子事業本部長として富士通のコンピュータ事業を率い、通信機メーカーから日本を代表するコンピュータメーカーへと導いた人物だ。

 父親は、将校候補者を育てるための陸軍幼年学校の教師。自身も東京高等師範学校附属中学校(現筑波大学附属中学校)の途中で陸軍幼年学校に移り、さらに陸軍航空士官学校で軍人としての教育を受ける。卒業後は少尉として満州でソ連軍の迎撃に赴くも、4カ月で終戦を迎え、その翌年に東京大学の第二工学部で電気工学を学んだ。

 生粋の軍国青年が戦後、技術者として日本の再興に貢献する人生を選んだのは、士官学校時代に捕獲された米軍の戦闘機を見て、日本の飛行機との差にがくぜんとしたのがきっかけ。戦争に負けたのは科学技術の差だと痛感したのだという。

 教授に勧められるままに入社した富士通信機製造(現富士通)は、富士電機の子会社で逓信省に納める電話交換機のメーカーだったが、山本はここで2年先輩の「コンピュータの天才」といわれた池田敏雄に出会い、ソフトウェア技術者として共に電子計算機の開発に取り組む。そして54年に日本初のリレー式計算機FACOM100を完成させた。59年、宇部興産から富士通に転じた岡田完二郎社長は、富士通を“コンピュータ企業”に生まれ変わらせる方針を打ち出したが、それには池田や山本ら若手エンジニアたちの熱心なプレゼンが大きく影響していたと言われている。

 74年に池田がくも膜下出血により51歳の若さで急逝した後は、山本がその遺志を継ぎ富士通のコンピュータ事業を引っ張る存在となった。79年には富士通の売上高は日本IBMを抜き、81年からは山本が社長に就任した。

 80年代、コンピュータ産業は期待の成長分野で、技術の進歩も加速する一方だった。そんな成長産業に黎明期から関わってきた山本は、来る21世紀の情報化社会の姿をどう見通していたのか。コンピュータと人間の囲碁対決の行方、クリエーティブな仕事を機械にどこまで任せられるか、顔認識の限界とは……などなど、具体的な予測は実に興味深い。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

機械を創造的にするなんて
たぶん駄目でしょうね

1983年7月2日号より
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 ソフトウェアはまだ当分成長を続けると思います。それを一番ドラマチックに表現したのは、スタンフォードリサーチの人で「いまの調子でソフトウェアの人口が増え続けると、紀元2025年には、地球上の全人類がソフトウェアエンジニアになってもまだ足りない」と言うんですね。そんなことはありっこないですけど、次の世界を一つの姿として描いている。

 ソフトといっても広範なものでして、大勢の人がソフトウェアに従事するというだけの話で、農業をやってくれる人がいなけりゃ食えませんし、鉄鋼、船舶を造る人も要りますし、あくまでも警句にすぎないけれども、非常に大勢の人がソフトウェアに従事するようになる。

 例えば新日鉄さんでも川鉄さんでも、中にコンピュータのソフトウェアをどんどん作って、製鉄業を合理化し、活性化するような、そういうソフトウェアをやっている人が現在でも育ちつつあるし、むしろ増えている。

 私が言っているのはコンピュータメーカーの我田引水じゃないんです。世の中全体がそのように過ごしている。さらにマスメディアというのは、コンピュータ・ソフトウェアでなく、もっと広範な意味でのソフトウェアですね。サービス産業化、ソフトウェア産業化していく。

――この間テレビを見ていましたら、囲碁の坂田九段が話をしているんです。終わりの方でコンピュータの話が出てきた。コンピュータに定石を覚え込ませてプロと打つと、プロはコンピュータに負けないそうです。なぜかというと、コンピュータは考えないからだというんです。それで思ったんだけど、いつの日か、ものを考えるコンピュータというのはできるものでしょうか。

 考えるとは、一体いかなることをいうのかね。

――新しいことを創造する。

 それはたぶん駄目でしょうね。だって人間自身が、クリエーティブな人間を何とか養成しようとして、実はちっとも成功していないでしょう。まして機械を創造的にするなんて、できないんじゃないですか。

 だいたい仕事の手順を記述できるものが初めてコンピュータに移せるわけです。クリエーティブなワークというのは一体どうやって行われるのかを記述できますか。こうやれば天才が育つなんてことは、やっぱり駄目ですね。風呂の中でいい案を考えられるといって、風呂の中にコンピュータを付けたって何も出てこないしね(笑)。

 こうやればクリエーティブな手段が出てくるということが記述できるんなら、コンピュータにやらせられるけど、およそ記述できないようなものはコンピュータに移せないというのが現在のところです。