このような国の場合には、医師免許というものはあまり意味をなさない。つまり、もともと著名で非常に優秀な医師を自国に呼ぶわけであり、その国で新たに医師免許を取らせるといったややこしい手続きは必要ないのだ。行政の手続き的には「登録」が中心であり、試験があったとしても語学試験といった程度のものになる。実際、ドバイでの医療を見てみると、医師はインド人や欧米人、看護師はフィリピン人だったりし、病院の中では英語が公用語であったりする。言い過ぎかもしれないが「傭兵」の伝統がある国は違うな、と変に感動したことを覚えている。

 一方、米国のような最先端医療でトップを走る国においては、さすがに状況が違ってくる。全世界から医師が集まってくるために、米国の医師国家試験に合格した後で、臨床研修を行うことが米国で診療するための条件となっている。ただ、医療機関や行政の指導者権限で多少この部分がゆるくなることもあるが、原則的に多くの患者と接する場合などは先の条件に従うことになる。

タイやシンガポールなど
新興国の場合

「医療ツーリズム」という観点で、諸外国から積極的に患者を受け入れる国もある。その代表格がタイである。タイの場合はどうなのであろうか。

 実はタイは、行政の立場からいえば、自国の医学部の卒業生が海外に流出してしまうのを防ぐために、あえて最先端病院を設けて医療ツーリズムを行っているという側面がある。自国の医師を尊重しているため、海外の医師もタイ語での医師国家試験を受けることが前提になっている。

 すなわち、医療ツーリズムなどを行って海外からの患者を呼び込みたい、あるいは自国の富裕層に対し、UHCでカバーできないレベルの高度な治療を提供したいのではあるが、一方では海外の医師に対しては制限をかなり厳しくしている。これには、国内の医師や医師会に対する「忖度」があろう。

 タイとドバイの中間的な例としては、シンガポールがある。シンガポールの場合は非常に高度な技術を持っている医師に関してはあまり制限を課していないが、そこそこの技術の医師に関しては原則的にその国の患者しか診察させない。

 例えば、日本とシンガポールの間には二国間協定があり、日本人の医師はシンガポールの医師国家試験を受ける必要はないが、その代わり日本人しか診察することができない。同じような協定はイギリス、アメリカ、フランスとも結ばれている。

 ただし、シンガポールの場合、医師国家試験が英語で行われているので、英語を流暢に話せる人にとっては言語のハードルは高くない。私の知人のマレーシア人もイギリスで医師免許を取り、最終的にはシンガポールで診療している。