スティーブ・ジョブズという
巨大な壁

 世界中の音楽を無料で聴くことができてしまうこのサービスは、スウェーデンのIT専門学校に通うダニエル・エクに多大な影響を与えた。ダニエル・エクは後に「Napsterは僕の人生を劇的に変えた」と述懐している。

 2006年、ダニエル・エクはスウェーデンのストックホルムで起業した。ストリーミングをイメージした3本の曲線をロゴに採用し、社名を「スポティファイ」と定めた。

 一方、音楽業界にとって、アップルの音楽管理ソフト「iTunes」でCDからリッピングされた楽曲が、Napsterや「LimeWire」といったP2Pソフトを通して世界中に拡散される状況は当然、面白いことではなかった。「iPod」登場以降、CDはただの「曲の入ったパッケージ」という本質が暴かれ、人々の関心はより曲そのものへと移っていた。

 頃合いを見計らって、アップルのスティーブ・ジョブズは「iTunes Music Store」をリリースし、曲のダウンロード販売を開始する。

 それまでもアルバムのダウンロード販売やサブスクリプションサービスは存在したが、合法的に、1曲単位で買え、CDに焼くことができ、iPodに入れて持ち運ぶことも可能なサービスは世界初であり、これを実現したアップルは当然、音楽業界の勢力図を根本から塗り替えた。

 アップルのダウンロード販売は軌道に乗り、各レコード会社との関係も強固なものとなっていった。

 スティーブ・ジョブズは、「いまさら無料で音楽を垂れ流すSpotifyのようなサービスの存在意義は理解できない」と、各レコード会社首脳に対し、Spotifyがもたらす悪影響について熱く語った。

転機となった
フェイスブックとの提携

 そんな逆境の中、2011年、Spotifyは米国のレコード会社との交渉がまとまり、米国へ進出した。いよいよ音楽業界に君臨するアップルに挑むこととなる。

 転機は米フェイスブックとの提携にあった。Napsterの創業者、ショーン・パーカーを介して知り合ったフェイスブックのマーク・ザッカーバーグとダニエル・エクは意気投合し、事業提携へ。これによってSpotifyは瞬く間に会員を獲得し、2012年にはSpotifyが展開する国は12カ国へと広がった。

 しかしこの頃、ヨーロッパではモバイルの普及が急速に進んでおり、デスクトップパソコンでの利用をメインとしていたSpotifyのユーザーは徐々に減少していった。

 そこでダニエル・エクと開発チームは、アプリ版に力を入れる。曲をシャッフル再生し、一定間隔で広告を挿入する代わりに利用を無料とした。有料会員になればオフラインでも聴くことが可能だ。そして音楽ファンの視点でプレイリストのデザインや使い勝手にとことんこだわった。どのデバイスからでもあっという間に音楽をストリーミング再生できるようになった。

「Spotifyのインターフェイスは音楽への愛を感じる」と言われるゆえんは、このユーザーフレンドリーなインターフェイスにある。これが「3つの強み」の1つ目だ。

 2つ目は、音楽業界で最も早かったモバイルへの特化だ。それまでもモバイルのストリーミングは多く存在していた。Spotifyが違ったのは、レコード会社から「オフラインモード」のライセンスを取得し、地下鉄でも聴けるようにするなど、とことん利便性を追求した点である。結果、ストリーミングとダウンロードを組み合わせることで、どのデバイスからでもどのような状況下でもあっという間に音楽を再生できるようになった。

 そして「3つの強み」の最後は、さまざまなサービスを抱き合わせたプロモーション手法である。モバイル特化後、料金が半額になる学割などの実施により、モバイル世代の若者を次々と囲っていった。

 これらの施策が功を奏して2014年には無料会員が2200万人に、有料会員も1000万人に達した。

音楽ストリーミング
戦争勃発

 2015年、アップルも定額制の「Apple Music」を開始。米アマゾンの「Amazon Music」、米グーグルの「Google Music(現Google Play Music)」と、音楽ストリーミング市場のシェア戦争は激化の一途をたどる。音楽ストリーミングは米国の音楽産業最大の収入源となっていった。

 会社設立から10年がたった2016年にはSpotifyの有料会員は3000万人に達した。後発のApple Musicはまだその3分の1の水準で、なかなかその差は縮まらない。そこでアップルは、ドレイク、フランク・オーシャン、ケイティ・ペリーといった人気アーティストと独占配信契約を結び、新曲を独占的にリリースしていく。

 スポティファイ社はあえてこの形を取らなかったが、アップルとの独占配信期間が終わりSpotifyでも配信を開始したアーティストに対し、楽曲をプレイリストで取り扱わないなど冷遇。「スポティファイからのアップルへの報復措置」と目された。

 さらにアップルはSpotifyのアップデートをたびたび拒否し、Spotifyをアップストアから追放しようとした。これに対しスポティファイ社はアップルの課金システムを回避し、自前の課金システムを利用するよう、ユーザーを促す。アップルとスポティファイ社の戦いは泥沼の様相を呈した。

中国テンセントと組み
世界最強の音楽配信連合へ

Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生約70人への取材を基に書かれた『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』(スベン・カールソン、ヨーナス・レイヨンフーフブッド著、池上明子訳)。Spotifyについてより詳しく知りたい人にお薦めだ

 2017年、時価総額5000億ドル(約56兆円)を超える中国の超巨大IT企業、テンセント社とスポティファイ社は事業提携を発表。両社は株式交換を実施し、スポティファイ社は中国への参入を見送る代わりに、テンセント社が運営する音楽ストリーミングサービス「Tencent Music」内で事業を展開することに同意した。

 アップル撃退に向けて、中国市場で圧倒的なシェアを誇るテンセント社と、世界60カ国にサービスを提供するスポティファイ社による世界最強の音楽ストリーミング連合がここに誕生した。

 2018年4月3日(米国時間)、スポティファイ社はニューヨーク証券取引所(NYSE)にダイレクトリスティング(直接上場)。その後も勢いを増しており、Spotifyが35%、Apple Musicが19%と、世界の音楽ストリーミング市場における有料会員数のシェアの首位をキープし成長を続けている。