日本企業は、グローバル化を果たしたといわれる。たしかに製品はグローバル化したが、経営と人材のグローバル化はいまだ道半ばである。

 実際、1990年代前半のバブル崩壊後、コーポレートガバナンス、株主価値経営、CSR(企業の社会的責任)など、欧米企業のキャッチアップが再び始まる。途中、英語の社内公用語化、ワンポイントでの外国人役員の起用といった表層的な取り組みもあったが、かつてほどの彼我の差はなくなったように見える。

 しかし、実は経営のグローバル化の根幹を成すものであり、困ったことに日本人が苦手とする「ダイバーシティ」(多様性)が決定的に遅れている。このマネジメント・プラットフォームが整っていなければ、たとえばオープンイノベーション、ジョブ型雇用への転換、女性やマイノリティの活躍、さらには第2幕を迎えつつあるインダストリー4.0など、思うようにいくはずがない。

 このように周回遅れの状況にあって、5年ほど前から新たな動きが広がっている。オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクール客員教授のロバート・エクレス氏によると、資本市場において、機関投資家、NPOやNGOなどによる株主行動主義が再び高まりつつあり、介入するに当たってESG(地球環境、社会、ガバナンス)に焦点を置いているという。

 これを裏付けるように、インスティテューショナル・シェアホルダーズ・サービシズの調査では、アメリカにおける株主決議の半数以上がEとSにまつわるものだが、その一方でGに関しては、組織と取締役会のダイバーシティが存在感を増している。

 ダイバーシティは、業績のみならず、組織のイノベーション能力、リスク対応力、レジリエンス(再起力)との相関性が多くの研究・調査で指摘されており、市場関係者によれば、資本市場からの注目度は年々高くなっているという。今回登場いただいた小林いずみ氏も、「資本市場からの圧力」を予測しており、またこの外圧なくして日本企業は変われないとも言う。

 小林氏は、昨2019年まで経済同友会副代表幹事を務め、現在は、ANAホールディングス、三井物産、みずほフィナンシャルグループ(2020年より取締役会議長)、オムロンの社外取締役として、まさしくダイバーシティの重要性を説いている。

 本インタビューでは、ジェンダーにまつわる古くて新しい課題をはじめ、ダイバーシティを阻害している日本固有のボトルネック、資本市場が果たす役割などについて、小林氏の意見を聞いた。

小林いずみ流の
リーダーシップ

編集部(以下青文字):さっそくですが、パーソナルヒストリーについてお聞きします。1992年、ニューヨークに1年間赴任したのが大きな転機となった。

小林(以下略):この経験のおかげで、いろいろな迷いが吹っ切れました。性別によらず、20代は、キャリアや将来についてあれこれ迷いや心配があるものです。ちょうどそんな折、ニューヨークに転勤となり、初めて海外で一人暮らしをすることになりました。当時のニューヨークはあまり治安がよくなくて、会社のサポートはあるにしても、こんな環境に一人放り込まれ、何とか暮らすことができたのは大きな自信になりました。

経済同友会 幹事
小林いずみIZUMI KOBAYASHI
成蹊大学卒業後、三菱化成工業(現三菱ケミカルホールディングス)に入社。1985年、メリルリンチ・フューチャーズ・ジャパンに転じ、1998年5月からメリルリンチ証券会社の証券部門業務部長、業務統括本部長、法人顧客グループ業務統括本部長などを歴任し、2001年12月にメリルリンチ日本証券代表取締役社長。2002年から2008年まで大阪証券取引所取締役を兼ねる。2007年に社団法人経済同友会副代表幹事、2008年に世界銀行グループ多数国間投資保証機関(MIGA)長官、2015年から2019年まで公益社団法人経済同友会副代表幹事(2期満了)を務める。そのほか、日本放送協会経営委員(2016~18年)、ANAホールディングス(2013年より)、サントリーホールディングス(2013~17年)、三井物産(2014年より)、みずほフィナンシャルグループ(2017年に就任。2020年より取締役会議長)、オムロン(2020年より)の社外取締役、またキユーピー経営アドバイザリーボード社外委員(2015年より)、文部科学省中央教育審議会委員、金融庁金融審議会委員などを務める。

 高校3年生の時、国語の教科書に載っていた文章に「人生には乗り越えるべきハードルがあり、それを乗り越える覚悟こそが生きていくうえでの自分の核になる」というようなくだりがあって、とても印象に残りました。ハードルのない生活より、ハードルが立ち塞がろうとも、これを乗り越えるほうが自分自身の存在を意識できる。こうした考えが心の中にずっとありました。

 大学では外洋帆走部に入って、太平洋上で3カ月間生活した時も、「これが乗り越えるべきハードルなのだ」と、この言葉に励まされたところがあります。

 みずから「火中の栗を拾う」タイプと評されていますが、あえてリスクを冒し、困難なハードルや目標を越えていくことに手応えを感じる。

 ええ、そういうタイプです(笑)。以前より教育問題に関わっているのですが、海外留学者数が減っていることを憂慮している一人です。親は、予想しうるリスクを可能な限り排除して、子どもを極力危険な目に遭わせまいとします。しかし、リスクに立ち向かったことのない人間は、概して変化や危機に弱い。

 若くてエネルギーにあふれているうちに、いろいろなところを訪れ、さまざまなハードルに挑戦してほしい。こうして培われた強さは、必ずや仕事や人生の役に立ちます。ですから、若い世代の子どもを持つ親たちには、子どもにリスクを奨励し、子どもがリスクに立ち向かうことを受け入れ、海外に送り出してほしい。

 メリルリンチ日本証券の社長に就任されて最初の仕事が、まさに大きなハードル、すなわち約2700人中1500人近くを退職させるという過酷なリストラでした。

 その際、退職者の今後の処遇もさることながら、残った人たちのモチベーションをいかに維持するか、とりわけここに注力しました。なぜなら、彼らには「またリストラがあるかもしれない」「その時は自分が解雇されるかもしれない」という恐怖があるからです。いまのパンデミックでも同じことが起こっているのではないでしょうか。こうした不安を抱えたまま、いい仕事はできません。当然業績もよくならない。

 完全に払拭するには、やはり結果を出すことです。そうすれば、自分たちがやってきたことは間違っていなかったと自信が持てる。こうして会社の財務基盤が安定すれば、リストラへの不安や恐怖は影をひそめていくものです。

 メリルリンチの社長時代には、「まずはありのままの自分でいることが基本。社長は一つの役割にすぎず、プロフェッショナルたちを取りまとめていくことが自分の仕事だ」と考え、ロバート・グリーンリーフ氏が提唱した「サーバント・リーダーシップ」を実践されました。

 リーダーシップ研修で教わったわけでもなければ、このスタイルでやろうと思ったわけでもありません。

 ご承知のように、外資系企業はジョブ型雇用ですから、言わば専門家の集団です。私はそれまで証券の決済や管理を主に担当してきたので、それについては専門的な知識がありました。同様に、他の社員一人ひとりがプロとして自分の専門分野や経験を持っているわけです。

 このように、さまざまな専門家が集まる組織では、トップダウンで命令や統制を行うのではなく、それぞれが持っている独自性を発揮してもらいながら、最大公約数を探り出すことが、リーダーの役割ではないかと思い至ったわけです。