いま若者や起業家、経営者の間で、その「熱さ」が大きな話題を呼んでいる本がある。若手トップのベンチャーキャピタリスト、佐俣アンリ氏のデビュー作『僕は君の「熱」に投資しよう』だ。
シード期(まだプロダクトもなく事業計画のみの段階)のベンチャー企業に対する投資ファンドとして国内最大である300億円のファンドを運営する佐俣氏は、いま日本で最も熱い投資家の一人だ。
その佐俣氏の古くからの友人で、彼から投資を受ける起業家でもあるのが古川健介(通称:けんすう)氏である。大学生時代から掲示板「したらば」の運営会社社長となり、卒業後はリクルートを経てハウツーサイト「nanapi」を起業、現在はマンガ情報サービス「アル」を手掛ける著名な連続起業家である。
そのお二人に、『僕は君の「熱」に投資しよう』の内容を素材として、投資家と起業家の実態や、「熱」を持つ若者へのメッセージなどを思う存分語り合っていただいた。意外にも公式での対談は初めてという超レアな(でも、親しみとホンネあふれる)対談をお楽しみいただきたい。
全3回でお送りする対談連載の前編は、起業家&投資家としての二人のすごさと熱量の取り扱い方について。(構成:金藤良秀、撮影:田口沙織)

熱は、長く続く「炭火」のように

佐俣アンリ(以下、佐俣) この8月に初めての著作『僕は君の「熱」に投資しよう』(以下、『熱投』)を出したわけですが、じつは僕、この本のどこが読者にとって面白いのかよくわかってないんです。つまり、自分としては日常的にやってきたことや考えてきたことを誇張せず素直に書いただけなので……。著者としてこんなこと言って大丈夫かな(笑)?

一流の起業家と投資家が教える<br />「よい熱意」と「ダメな熱意」の決定的な違い古川健介(ふるかわ・けんすけ)
1981年生まれ。大学時代、「JBBS@したらば(通称:したらば掲示板)」運営会社の社長を務める。リクルートを経て、ハウツーサイト「nanapi」を立ち上げる。同社サービスを継承したKDDIグループのSupership株式会社では取締役を務めた。2019年、アル株式会社代表取締役に就任し、漫画コミュニティサービス「アル」をリリース。愛称は「けんすう」。ツイッターは@kensuu

古川健介(以下、けんすう) たしかに自分のことって判断しにくいですよね。僕は『熱投』を読んで「あれ、キャラの印象が違うかも?」って思いました。僕はリクルート時代からアンリを知っているわけですけど、アンリがいつも桁外れな挑戦をしてきたのは間違いない。だけど普段はもっと“ゆるふわ”で、熱い持論みたいな話はまったく語らないんですよね。

 いま、僕が運営する「アル」にも投資してもらっていますが、『熱投』にあるような熱いメッセージは一度ももらったことがありません(笑)。

佐俣 それはやっぱり相手によりますし……。ただ、「熱い」と言ってもいろいろあって、インターフェースだけ熱い人と、中身まで熱い人がいますよね。つまり表面と内面、両方に熱を持っている人もいれば、どちらかが冷めている人もいる。で、インターフェースばかりが熱い人ってそれで誤魔化せるから信用しにくいんです。

けんすう 普段のときのアンリはインターフェース的には“ゆるふわ”なんですよね。でも、いまの話はとても理解できます。コンテンツは基本的に、「表現(表面)」と「内容(内面)」のかけ算じゃないですか。表面は熱いけど中身はそこまででもないものもあれば、中身は熱いけど、表現はマイルドなものもある。そして、今回のアンリの本はどちらもすごく熱いのが新鮮でした。

 インターネットに載せる記事でここまで熱くすると、上から目線だと感じられたり、ちょっとうさんくさいと思われたりするんです。だけど「本」という媒体だから文脈がしっかりしていて、熱が的確に読者に伝わるからめちゃくちゃ面白くなっている。

一流の起業家と投資家が教える<br />「よい熱意」と「ダメな熱意」の決定的な違い佐俣アンリ(さまた・あんり)
ベンチャーキャピタリスト
1984年生まれ。慶應義塾大学卒業後、カバン持ちとして飛び込んだEast Venturesを経て、2012年に27歳でベンチャーキャピタル「ANRI」を設立し、代表パートナーに就任。主にインターネットとディープテック領域の約120社に投資している。VCの頂点を目指し、シードファンドとして日本最大となる300億円のファンドを運営する。著書『僕は君の「熱」に投資しよう』。ツイッターは@Anrit

佐俣 たしかにネットだとここまで強い表現では書けないし、リアルであの熱量で何時間もしゃべったら新興宗教のセミナーになっちゃう(笑)。本だからこそですよね。

けんすう 僕が少し心配しているのは、アンリの本に感化されて表面だけ熱い人がやたらと出てきちゃうことです。熱を外側にばかり出してしまう人は、自分の熱さを表明することに終始して、結局、何もできずに終わりかねない。中身が熱くて表面がマイルドな分には問題がないんですが、表面だけが熱くて中身が何もないと、自分が焼かれてしまうんです。

佐俣 本当の意味での「熱」というのは、長く続く「炭火」みたいなものだと思います。ワラ焼きみたいブワーッと炎と煙が上がるような勢いばかりの人って、熱量の伝え方も間違っていたりするんですよ。いきなり謎のメッセージを送ってきたり、オフィスに突撃してきたり(苦笑)。気持ちはわかるけど、それは違うぞと。

 僕が伝えているメッセージは、要するに「着火剤」。それで火がついた人は炭火のように自分が長く取り組めるもの、燃やすべきものを見つけてほしい。そうじゃないと、ただ気持ちが加熱しただけの人になります。熱って取り扱い方が大事なんですよ。

けんすうが持つ「内側」の熱

佐俣 けんすうさんの場合、熱さとは真逆で、ネットでの発言はなるべくわかりやすくて上から目線にならないように心がけてますよね。

けんすう はい、もう最下層からの目線で(笑)。インターネットは広がり方が意図的にコントロールできないので、いろいろな人が見る。そして、多くの人は、内容よりも「どの目線から言われているか」のほうが気になるんです。『熱投』のような書籍は上からのほうが浸透度が高まる場合があるけど、インターネットだと下から伝えるほうが意図が正確に広く伝わると思ってます。

佐俣 けんすうさんって「内面の熱」は恐ろしく熱いけど、インターフェースには意識して熱さを出さないようにしてる気がします。

けんすう たしかに、それは意識してますね。

佐俣 僕から見るとけんすうさんは、インターネットというストリームに漂う「クラゲ」みたいな人だなと。ネットの潮流を透明な目で見て、主観的になりすぎず、色メガネも掛けず、常にどんなときも一歩引いて冷静に俯瞰している。

 たとえば、以前けんすうさんが「情報商材を買う前に読むといい記事」というのをnoteで書いたじゃないですか。

けんすう はいはい。情報商材というのは使いこなせる人が買えば意味がある、でもそれはわずかな人でほとんどの人は使いこなせないので他の方法を試したほうがいいですよ、といった内容の記事です。

佐俣 詐欺的な情報商材の被害に遭う人って、その利便性や効果を信じて引っかかるわけです。ということは、それを正面から否定する記事では、実際に引っかかるような人には届きづらい。そこでけんすうさんは「情報商材」と検索されたときに検索結果のトップに出ることを意識した。結果的にGoogle検索で1位となり、情報商材を求める人にも届くようになったわけです。

 つまり、伝えたい「欲」と、伝える「手段」を自分のなかでクリアに分けてるんですよ。全部わかった上で。ここまで冷静に考えられるところは、怖い(笑)。

けんすう そうですね。本当に届けたい人にちゃんと届くように、テンションや内容を工夫して、あえて別ルートからアプローチしたんです。情報商材を詐欺的に売ろうとするなら、宗教ぽいアプローチが有効なんですけど、要は「外部とのやりとりを切っていって孤独にしていく」ほうがいいんですね。情報商材を買っていると思った人に対して「詐欺だ、買うな」というコミュニケーションをすると、情報商材買っている人同士で連帯して、中と外を分けてしまって、それを加速してしまうので、なんとなく調べた瞬間くらいのときに見る場所に置いておいたほうがいいかなと思いまして。いやぁ、すごいなぁ(笑)。

佐俣 自画自賛(笑)!