「好きなこと」をビジネスにする恐怖

──佐俣さんは、そういうけんすうさんを起業家としてはどう評価されていますか?

けんすう いまは誉めてもらったけど、『熱投』のなかでの僕が書かれた部分は「実際に仕事をしている」とか「挨拶を返してくれる」などしかなくて、、とにかく書かれたエピソードがしょぼいんです。

佐俣 あはは。でも真面目に言うと、けんすうさんのすごさは、すでに成功して名声もあるシリアル・アントレプレナー(連続起業家)なのに、好きなことをビジネスにして挑戦し続けている点だと思います。

 運営する漫画コミュニティサービス「アル」は、「漫画が好きだから」という理由で始めた事業で、これって怖いはずなんですよ。なぜなら逃げ道がないから。

 彼はこれまで成功を重ねてきて、はたから見るとキラキラして見えます。でも本人は起業家としてさらに成功しなければというプレッシャーにさらされているはず。その状況で「好きなこと」をビジネスにすると、純粋に楽しんでばかりはいられなくなる。

 つまり、同じ「好きなこと」に挑戦するにしても、初期段階の起業家と成功を重ねた起業家では「挑戦」の意味が違うんです。普通なら恐怖心が勝るはずなのに、アグレッシブに挑戦しているのは純粋にすごいことです。

一流の起業家と投資家が教える「よい熱意」と「ダメな熱意」の決定的な違い

けんすう 「好きなことをやると、逃げ道がなくなる」という意見は面白いですね。たしかにそうかもしれない。

佐俣 しかも漫画コミュニティの事業って短期的に儲かるものでもないでしょう。立ち上げのとき、それでもやりたいって言うから「ああ、この人は本気なんだな」って思いました。

けんすう 好きなことをやる以上、もうこれが最後という気持ちでやってますね。

佐俣 僕は、今の「アル」ってものすごくテンションとクオリティが高いNPOだと思ってるんです。本気で漫画を元気にしたい、漫画業界をよくしたいとだけ考えて営利関係なくやってるから。もともと海賊版サイト「漫画村」で業界がピンチになったとき、何かできることがないかというのがきっかけになってるわけですし。

けんすう そう、「漫画村」への嫌がらせで始めた「漫画ビレッジ」というサービスが前身ですから。「漫画村」からパクリだと怒られるという心温まるエピソードもあったりします(笑)。

佐俣 それカッコいいですよね。インターネット神話はこういうエピソードで紡がれていくんですよ(笑)。

「起業家寄りの投資家」佐俣アンリのすごみ

──一方で、けんすうさんは投資家としての佐俣さんをどう見ていますか?

けんすう 僕から見ると、アンリは「投資家」というよりも「起業家」です。出資者からお金を募ってシード期のベンチャーに投資するってまさに起業ですよね。それに、投資家っぽい細かい分析やテクニックを使っているところとか見たことないですし(笑)。

佐俣 たしかに距離が近い人ほど僕を職業としての投資家ではなく、起業家として競争している人と見ているかもしれません。

けんすう そう、起業家として競争しているし、「共創」もしています。つまり、一緒にやればお互いもっといけると思ったときは協力する。通常の投資家とのお付き合いのように、出資してもらってリターンを返すという関係だけではない感じがあります。

 投資契約書もこれで大丈夫なのというくらい起業家寄りですし、事業についてもすべて任せてもらっています。ただそれだけに、信頼に応えたい、絶対に損はさせたくないという高いプレッシャーがありますね。

佐俣 僕もずるいところがあって、プロ同士として信じて任せたほうがいい相手にはそうするんです。でも、それはけんすうさん含め数人だけで、経験が少ない若い人にはちゃんと教えてますよ。

けんすう たしかに相手によりますね。でも、やっぱり基本的にアンリは起業家側に立ったスタイルだと思います。

佐俣 起業家がやる気を失ったら終わりじゃないですか。できるだけやる気が刺激される状況をつくるべきだろうと。だから、もし厳しい契約でモチベーションが上がる起業家がいるならそうすればいいんです。逆にノーガードで投資されるとそれに応えなきゃと気合が入る人もいる。けんすうさんのように。

けんすう お願いした額の10倍も投資していただいているんですよね。そんなことあるのかと(笑)。もう頑張るしかないわけです。

佐俣 そのほうがお互いハリもあるし、挑戦し続けられますから。

一流の起業家と投資家が教える「よい熱意」と「ダメな熱意」の決定的な違い

けんすう いずれにしても、アンリは事業の規模が増すほどに挑戦の幅も大きくなっている点がすごいと思います。「ANRI」はこのままいけば数1000億~1兆円規模を目指せるレベルのファンドになるでしょう。

 でも、大きな挑戦をすればその分大きな損をする可能性もあります。だから、だいたいの場合、一定の規模に達すると挑戦をやめたくなるんです。でも、アンリはそうなっていない。挑戦する使命感みたいなものがあるんだと思います。

佐俣 そうですね。そもそも『熱投』に「自分が一番、挑戦している」と書いちゃいましたから(笑)。

(中編に続く)