著者が出会ったノーベル賞経済学者たち

 なぜそんなにも多くの受賞者が出ているのか? それはひとえに、ゲーム理論が実に様々な社会状況の分析に応用できるということにあると、私は考える。ゲーム理論の守備範囲の広さを感じていただくために、受賞者のうちの何人かを、ここで簡単に紹介しよう。紹介するだけではつまらないかもしれないので、私が幸運にも直に接することのできた受賞者たちの素顔を、皆さまにもおすそ分けしたい。

 2005年にはロバート・オーマン氏およびトマス・シェリング氏が受賞した。特にオーマン氏はゲーム理論界の巨人であり、現代のゲーム理論に及ぼした影響は甚大である。受賞理由は人々の間の長期的関係の分析であるが、それ以外にも「知識」に関する数学的研究や、ナッシュ均衡を発展させた均衡概念(「相関均衡」という)の研究を通して、ゲーム理論の発展に大きく寄与してきた。

 彼の論文はどれも、私のようなより現代の研究者が読んでも示唆に富み、ワクワクするものだ。オーマン氏は私の学部生時代の指導教官の指導教官の指導教官の指導教官である。つまり学問上の曽々祖父にあたるわけだ。

 というわけで彼と学会で初めて話した時は非常に緊張したのを覚えている。間違えて「私はあなたの学問上のひ孫なんです」と自己紹介したら、「いや、ひひ孫だね」と訂正された。

 2012年にはアルヴィン・ロス氏とロイド・シャプレー氏がマッチング理論への貢献で受賞した。マッチング理論とは、新入社員を希望部署に配属させたり、研修医の配属先病院を決定したり、生徒の入学先学校を決定する際に使える理論であり、ここにもゲーム理論が役立つ。

 ちなみにロス氏は実験経済学にも多大な功績があり、シャプレー氏は協力ゲームと呼ばれる分野や人々の間の長期的関係の理論への貢献を通じゲーム理論黎明期を支えた重要人物である。

 また、ロス氏には私の博士論文審査委員になってもらい、大変お世話になった。ノーベル賞をもらうほどの研究者というとどこか性格的な欠陥がありそうだという先入観があるかもしれないが、彼は周囲からの信頼も厚く、「いい人」を絵に描いたような人格の持ち主であった。

 2014年にはジャン・ティロール氏が、「市場の力と規制についての分析」への貢献でノーベル経済学賞を受賞した。ティロール氏は特に、市場が限られた数の大企業で支配されている状況を分析したが、その分析にゲーム理論が使われたのだ。

 ティロール氏はこのように市場や規制といったゲーム理論の応用的分野での貢献でも知られるが、ゲーム理論を純粋理論として研究した成果でもよく知られている。

 彼は、応用ゲーム理論の話から純粋ゲーム理論の話まで、どんな研究アイディアの話をしても的確なコメントを返してくる、スーパーマンのような研究者だ。

 実は我が家族で南フランスはトゥールーズのティロール家を訪ねる機会があったのだが、これまたひどく緊張したものだ。もう8年も前のことだが、私の震える手でカチカチ鳴るティーカップの音が高い天井に響き渡ったのを、今でも覚えている。

 このように、経済学で重要とみなされている様々な分析に、ゲーム理論が活用されてきた。今年のノーベル経済学賞も、下馬評だと、実はゲーム理論家がもらう公算はそれなりに高そうだ。こんなゲーム理論が実際どんなものなのか、知っておいた方がいいと思いませんか?

 [付録]
 最後に、ゲーム理論関係のノーベル経済学賞受賞者リストを紹介する。丸括弧は、ゲーム理論関係ではない同時受賞者で、角括弧が、公式受賞理由である。受賞理由をそれぞれ丁寧に解説することはスペースの関係上できないが、ゲーム理論の守備範囲の広さを何となくでいいので実感していただければ、と思う。

 1994年: ハルサニ氏、ナッシュ氏、ゼルテン氏 [非協力ゲームの理論における均衡の先駆的分析に]
 1996年: (マーリーズ氏、)ヴィックリー氏 [非対称情報下での誘引の経済理論への基礎的貢献]
 2001年: アカロフ氏、スペンス氏(、スティグリッツ氏)[非対称情報下の市場の分析に]
 2005年: オーマン氏、シェリング氏 [ゲーム理論分析を通じて紛争と協調の理解を推し進めたことに]
 2007年: ハーヴィッツ氏、マスキン氏、マイヤーソン氏 [制度設計理論の基礎を築いた貢献に]
 2012年: ロス氏、シャプレー氏 [安定的な分配とマーケットデザインの実用に]
 2014年: ティロール氏 [市場の力と規制の分析に]
 2016年: ハート氏、ホルムストローム氏 [契約理論への貢献に]