世界的に有名な企業家や研究者を数多く輩出している米国・カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院。同校の准教授として活躍する経済学者・鎌田雄一郎氏の新刊『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)が7月30日に発売される。本書は、鎌田氏の専門である「ゲーム理論」のエッセンスが、数式などを使わずに、ネズミの親子の物語形式で進むストーリーで理解できる画期的な一冊だ。

ゲーム理論は、社会で人や組織がどのような意思決定をするかを予測する理論で、ビジネスの戦略決定や政治の分析など多分野で応用される。最先端の研究では高度な数式が利用されるゲーム理論は、得てして「難解だ」というイメージを持たれがちだ。しかしそのエッセンスは、多くのビジネスパーソンにも役に立つものであるはずである。ゲーム理論のエッセンスが初心者にも理解できるような本が作れないだろうか? そんな問いから、『16歳からのはじめてのゲーム理論』が生まれた。

そこで、東京大学を卒業後、米国・ハーバード大学大学院に進学し、経済学の世界へ飛び込んだ若き経済学者・鎌田氏に、渡米の経緯や日本とアメリカの教育現場の違い、そして本書の狙いやゲーム理論の面白さについて、担当編集者を聞き手に、語ってもらった。(聞き手・構成/田畑博文)

アメリカで活躍する若き日本人経済学者「ゲーム理論」は、「社会や人間関係」の理解に役に立つカリフォルニア大学バークレー校で講義中の著者(2014年撮影)

東大で悶々としていたときに出合ったのが、「ゲーム理論」だった

――『16歳からのはじめてのゲーム理論』は、「ゲーム理論」の超入門書になるわけですが、ゲーム理論は経済学部で教えられるものですよね。そもそも鎌田さんは東京大学の農学部ご出身なので、やや意外な経歴という印象を受けました。なぜ「ゲーム理論」を研究しようと思ったのでしょうか?

 東大で3年生になるときに進学する学部を決めるのですが、その当時は砂漠の緑化などの環境問題に興味があったので、農学部に進みました。農学部では緑地デザインの勉強をしていて、それなりに楽しかったのですが、「何か違うな」と悶々としていたんです。

 そんなときに出合ったのが、「ゲーム理論」でした。農学部の授業にはどうもやる気が出ず、最初の授業数回を遅刻したのでいい成績も取れそうにない。「困ったな、履修科目を変えるなら今しかないな」と、とりあえず経済学の授業を受けてみたら、すごく面白かった。そこで教えられていたのが、「ゲーム理論」だったんです。「数学を使って社会のことを分析するこんな学問があるんだ」と衝撃を受けました。僕のゲーム理論熱は高まり、大学4年生のときには経済学部のゼミに入ることにしました。

 ゼミでは、よりゲーム理論に触れる機会が増え、また、同世代の経済学者志望の友人もでき、よりゲーム理論への興味を募らせていきました。

 僕はもともと論理的に物事を考えようとすることが好き、数学も好きでした。「自分の好みと強みを生かせる学問をやりたいんだ」と気づいたんです。

ハーバード大教授の論文の誤りを証明

――東大卒業後は、ハーバード大学、イェール大学、そして、現在はカリフォルニア大学バークレー校に所属されていますが、アメリカで研究生活を歩む決意をされたのはどのような理由からでしょうか。

 東大で経済学を教えている教授の多くには留学経験があり、学生たちに対しても、「研究者になりたいなら、どんどん留学しなさい」という雰囲気でした。だから自分にとって留学をするのは自然な流れだったんです。東大の学生に限って言うと、東大の修士で2年間勉強してから留学するケースが多いです。僕の場合は農学部に4年生まで在籍していて、経済学のことをあまり知らなかったので、僕もこのスタンダードなコースを辿ろうと思い、まずは東大の修士の院試を受けました。

 ところがどっこい、その試験に落ちてしまったんです(笑)。それで、悲壮感あふれる顔でゼミの先生に相談に行くと、まあ時期が早まったと思って留学すればいいんじゃないか、という話になったのです。

 留学するには推薦状が決め手なのですが、当時僕が書いていた論文がなかなか良かったので、それをネタに推薦状を書いてもらうことができました。

――大学生がそんなに評価される論文を書くことがあるのですね。

 これは実はたまたま書けた論文だったのです。当時卒業論文のために、ゲーム理論のアイディアを考えていました。そうしたら、ゼミの先生に関連論文としてある論文を紹介されたのです。その論文は当時の僕にはなかなか難しくて、論文中に出てくる定理の内容を、いろいろな例を考えながら吟味していたら、たまたま僕の作った例が反例(定理の主張が通らない例)になっていたのです。この点を突き詰めて考えると、実は論文中に4つある定理のうち3つが間違っていることが分かりました。

 後で知ったことには、実はその論文はハーバード大の先生が書いたもので、その先生の書いたものの中でも結構有名な論文だったんです。おそるおそるその先生にメールで誤りを指摘したら、「あなたの発見を元に論文を書いたらどうですか」っていうような返事をもらったんです。

――とてもフェアというか紳士的な対応ですね。

 そうですね。敵扱いされなくて、本当に良かったです(笑)。でもそんな縁もあってか、そして東大の先生に推薦状を書いていただけたこともあり、ハーバード大に合格し、経済学博士課程に進学することになりました。実は、そのハーバードの先生には大学院の指導教官にもなってもらったんです。そして一緒に論文を書くようにもなりました。ここまで劇的な展開は、普通はあまり起きないことかもしれませんね(笑)。