2020年ノーベル化学賞を受賞したエマニュエル・シャルパンティエとジェニファー・ダウドナ
2020年のノーベル化学賞に選ばれた、エマニュエル・シャルパンティエ氏(右)とジェニファー・ダウドナ氏 Photo:picture alliance/gettyimages

2020年のノーベル化学賞に、エマニュエル・シャルパンティエ氏とジェニファー・ダウドナ氏という2人の女性科学者が選ばれた。生物の遺伝情報を自由に改変できる「ゲノム編集」の新手法を開発したことが評価された。その新手法とは、ゲノム編集が世界的に注目されるきっかけとなった、2012年開発の遺伝子改変ツール「クリスパーキャス9」。ただ、これを巡って動く「最低100億円」という巨額のマネーは、生みの親すらも翻弄した。(ダイヤモンド編集部 野村聖子)

「週刊ダイヤモンド」2019年3月30日号の第2特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの。

ノーベル化学賞の受賞理由となった
「クリスパーキャス9」を巡る泥仕合

「われわれは、人間の生殖細胞の遺伝子を改変し、子どもをもうけるための臨床研究を、世界的に一時停止させることを求めます」

 2019年3月13日、国際的に最も権威ある英国の科学誌「ネイチャー」の公式ホームページ上で、科学者や倫理の専門家18人が共同で声明を発表した。その中に、エマニュエル・シャルパンティエとフェン・ジャンという、2人の科学者の名前を見つけることができる。

 彼らこそ、ゲノム編集が“100年に1度の技術革新”といわれる契機となり、毎年ノーベル賞候補となってきた「クリスパーキャス9(以下、クリスパー)」(下図参照)という遺伝子改変ツールを世に送り出した張本人だ。

 ゲノム編集ベビーを誕生させた中国の南方科技大学の賀建奎・元副教授が用いたのも、この技術。クリスパーは2012年、シャルパンティエとジェニファー・ダウドナ、2人の女性科学者が基本原理を開発し、このツールが人間の細胞に応用できることを実証したのがジャンである。

 ゲノム編集のための遺伝子改変ツールには幾つか種類がある。代表的なのがZFNs、TALENs、そしてクリスパーだ。これらにはそれぞれ特性があり、目的によって使い分けられているが、クリスパーは他よりも格段に安価で、遺伝子改変の速さも向上したのが何より画期的だった(下表参照)。

 扱いも簡便で、開発者の一人であるダウドナは、自著内で「高校生でも扱える」と表現している。

 そのため、12年の登場以降、世界中の研究機関やバイオ関連企業がこぞってゲノム編集の研究に乗り出し、そのツールとしてクリスパーを採用し始めたことで、ゲノム編集関連の研究自体も急速に進んだ。ある意味、クリスパーによってゲノム編集という分野が日の目を見たといっても過言ではない。