21世紀に入ってからというもの、米国に次ぐ数のノーベル賞受賞者を輩出している日本だが、実は科学技術立国の足元は驚くほど揺らいでいる。近年の科学技術政策の実態を知る関係者ほど、「このままではもうノーベル賞など期待できない」と嘆く。どういうことか。その真相を追った。

瀬戸際の科学技術立国

 近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。

 だが、それは1980~90年代までの研究環境による成果であって、その後の日本の科学技術政策を鑑みると、これから先はとても期待が持てない──。そう訴える研究者は多い。このところのノーベル賞ラッシュは、「日本の科学技術・冬の時代」を前にした、最後の打ち上げ花火になりかねないというのだ。

 2000年、日本の科学技術予算は3兆2859億円で、同3兆2891億円の中国と並んでいた。ところがその後、日本がほぼ横ばいで推移する中、中国は怒濤の勢いで科学技術予算を積み増していった。16年は22兆3988億円。日本の6倍以上である。当然ながら、同時に研究者数、論文数でも日本は中国に大差をつけられている。

 一方、日本の研究開発投資の8割を占める民間企業も頼りない。80年代には、大企業の多くが「中央研究所」を抱え、基礎研究の一翼を担っていたが、バブル崩壊以降は収益への貢献度を理由に撤退が相次いだ。

 企業における研究開発領域で存在感を強めているのは、米国のグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルのGAFAを代表とするITジャイアントだ。米国でもAT&Tのベル研究所や、IBMのワトソン研究所など、基礎研究分野を担う中央研究所の存在感は薄れているが、新たな主役に躍り出たGAFAたちは、AI(人工知能)をはじめとするコンピューターサイエンスの研究成果を続々とITサービスのプラットフォームに投入し、収益に結び付けていく。さらに彼らの研究領域は、旧来型の製品・サービスのディスラプション(破壊)を伴うイノベーションを内包している例が多い。実は、中国のアリババ、テンセント、ZTE、バイドゥといった企業も、こうした米国型の研究開発で猛追を始めている。

 相変わらず製造業中心の研究開発に終始する日本企業は、ビジネスモデルの点でも置き去りにされているのだ。科学技術立国・ニッポンが置かれている状況は極めて厳しい。