行動経済学とゲーム理論は、経済学のさまざまな分野の中でも断トツで“使える”ビジネスパーソンの武器になる。なぜそう断言できるのか。特集『最強の武器「経済学」』(全13回)の#3では、行動経済学の泰斗、大竹文雄・大阪大学大学院教授と気鋭のゲーム理論研究家、安田洋祐・大阪大学大学院准教授が語り尽くす。その前編である。(ダイヤモンド編集部論説委員 小栗正嗣)
「賢すぎる人」から「フツーの人」へ
大きく変わった経済学の中の人間像
――対談のテーマは「使える経済学」です。
安田 そもそも経済学が使えないと思われているわけですよね。
大竹 一般的には経済学というのはすごく抽象的で、あまり実践的ではないように思われてしまっています。
実際、50代以上の世代が学生時代に学んだ経済学というのは、そう思われても仕方なかったかもしれません。例えばマクロ経済学は経済政策、財政政策、金融政策などに関わってくるわけですから、政府や金融の関係者にとっては重要な話ですが、一般のビジネスマンにとっては、政府の政策を予測したり、その影響を予測するためにはマクロ経済学は有効ですが、自分が能動的に考えるべきものではない。あくまで与えられるものでしょう。
もう一つのミクロ経済学の授業では、伝統的に「完全競争市場」(用語解説参照)が前提になっていて、ここに独占や寡占なども入ってくる。経済学者からすると、この独占、寡占は効率性を引き下げるのでよくないものとして規制の対象なんですね。競争市場に近づけるために存在する公正取引委員会など、規制当局の視点で授業がなされてきたんです。一般のビジネスマンに関係ないと思われるのは無理もない。
でも、この経済学の状況は最近では随分変わってきています。特にミクロ経済学の在り方は様変わりしている。その一つが行動経済学です。
伝統的経済学は非常に賢い人を想定していますから、最適な意思決定をきちんとできるという前提だった。したがって、人々に情報をきちんと与えることが大事で、それさえすれば後はもう自由に任せたらいいという感じでした。
それに対して行動経済学は、同じ情報を与えられたとしても、異なる解釈をして意思決定が変わってくることもあると明らかにしてきた。現実のフツーの人間はそうだということです。
後で安田さんから紹介してくるでしょうが、もう一つの変革がゲーム理論の発展です。規制当局からの視点が多かった寡占や独占についても、それが当たり前として、企業の立場、ビジネスの立場から何が良い戦略なのかを分析できるようになってきた。
安田 使える分野として挙がってくるのが、なぜ行動経済学とゲーム理論の二つなのか、という点についてちょっと考えてみたいです。
この組み合わせは、一見すると不自然に感じるかもしれません。行動経済学は、伝統的な経済学が仮定してきた「合理的で利己的な個人」を見直そうというものです。いつも賢く意思決定できるとは限らないという非合理性や、自分だけじゃなく他者のことを考える利他性といったように、人間像そのものを変えていくアプローチ。
片やゲーム理論は、「合理的で利己的な個人」を想定した上で、周りがどういう行動を取るかを理詰めで推論していきます。合理性アプローチをとことん突き詰めていく理論、ともいえるでしょう。行動経済学とは真逆に見えてもおかしくありません。
こう整理すると両者は水と油のようですが、共通点があるとすればそれはいったい何なのでしょうか。
完全競争市場は完全競争が行われる市場。商品・サービスが同質で、売り手と買い手が多数存在し、市場に対する情報が完全であることなどから、市場メカニズムが適切に働き、効率的な資源配分が行われる。分析のための理想的な市場であり、現実にはほとんど存在しない。不完全競争市場は「独占市場(企業1社)」「複占市場(企業2社)」「寡占市場(少数企業)」「独占的競争(差別化)」などに分けられる。