鳩山首相が提唱する「東アジア共同体」のお手本と言われる欧州連合(EU)で11月19日、統合深化の行方を左右する歴史的決断が下された。EU初代大統領の選出である。当初の下馬評では、英国のトニー・ブレア前首相が有力視されていたが、欧州のメディアに「ローマ法王の選出のごとし」と揶揄された加盟国首脳による密室会議の結果選ばれたのは、日本のみならず欧州でも知名度の低いベルギーのヘルマン・ファンロンパウ首相だった。無難な人選は、果たして統合深化へのためらいなのか、それとも半世紀以上に渡って漸進を続けてきたEUらしい地に足の着いた判断なのか。複数の欧州ジャーナリストの協力を得て、今や米国を凌ぐ巨大経済圏に拡大したEU内部の葛藤を追うと共に、“アジアシフト”を強める日本への教訓を探った。
(文/ダイヤモンド・オンライン副編集長、麻生祐司)

抜群の知名度でEU初代大統領の最有力候補と見られていたブレア元英首相(写真右)。サルコジ仏大統領(写真左)は当初、ブレア氏を推していたが、最後に翻意した。Photo(c)AP Images

 「トニーも、内心はほっとしたのではないか」。欧州議会のある有力議員は、トニー・ブレア前英首相の気持ちをそう忖度する。

 11月19日、欧州連合(EU)は、本拠地のベルギー・ブリュッセルで臨時首脳会議を開き、12月のEU新基本条約(リスボン条約)の発効に伴って新設される「EU大統領」と「EU外相」にそれぞれベルギーのヘルマン・ファンロンパウ首相と、英国のキャサリン・アシュトン欧州委員(通商担当)を指名することで合意した。

 初代EU大統領には当初、ブレア氏が有力視されていた。もとより“欧州市民”による選挙ではなく、EU加盟国首脳の密談によって選ばれるポジションに同氏が自ら公に名乗り出た訳ではないが、リスボン条約の発効が現実味を帯びた2007年ごろから待望論が一気に高まり、フランスのニコラ・サルコジ大統領が「ブレア氏こそ欧州の顔」と支持を表明したことで一躍、最右翼の候補となった。

 実際、EU加盟国の政治指導者たちの中で、同氏ほど、「初代EU大統領」の呼び名にふさわしい国際的な知名度とカリスマ性を持つ人物はいなかっただろう。日本では今一つピンとこないかもしれないが、欧州におけるブレア氏のイメージや存在感は、1997年の英国首相就任当時に溯れば、現在のオバマ大統領に近いものがある。