日本史#6
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日常でもビジネスでも何が起こるか分からない時代。こうした時代を乗り越える唯一の手段が「歴史」だ。時代も登場人物も違えば、まったく同じ歴史をたどることはない。しかし、似たことはこれまで何度も起こっているのである。「想定外」という言葉は、歴史の不勉強による想像力の欠如から発せられる。それならば歴史に学ばない手はない。本稿では、会話形式で歴史を学ぶ。日本は中世を迎える。覇権を争うアジアとヨーロッパの列強が、日本に大きな影響を及ぼす――。

「週刊ダイヤモンド」2020年2月25日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの
登場人物

ポルトガルとスペインが世界を山分け!
デマルカシオン体制

本の虫課長 前回お話した通り、鎌倉幕府は最大の危機を乗り越えました。しかし同時に、滅亡のカウントダウンも始まります。鎌倉幕府最大の欠点が、中央集権的な政府ではないことです。日本全国の徴税権を持たないため、財政基盤が弱かったのです。鎌倉幕府に仕える御家人たちは、自分たちの領地を安堵してもらい、代わりに有事の際は将軍のために戦います。

渡辺フミオ 御恩と奉公というやつですね。出陣は義務ではなかったということですか?

本の虫課長 義務ではありません。そのため、命懸けで元軍と戦ってくれた御家人に、じゅうぶんな恩賞を与えることができませんでした。御家人たちは当然、幕府へ不満を募らせます。全国に「悪党」と呼ばれる犯罪者が増加しますが、これは幕府に対して不満を持つ豪族たちが裏で糸を引いていたのです。

泉岡マリ めっちゃ悪そうな名前ですね。この悪党め! と言いたくなりますね。この悪党め!

本の虫課長 そうして社会が混乱し政治が不安定になる中、天皇の権限強化を図る後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒して「建武の新政」を開始します。でも武士を軽んじたことで、武士の不満が募り、再び世の中は混乱。新政府を離れた足利尊氏が新たに幕府を開きます。「室町幕府」です。

 室町幕府の重要政策の一つに、中国の王朝、明との貿易「日明貿易」が挙げられます。「勘合貿易」とも呼ばれますね。明に対して形式的な臣下の礼を取り、大きな利益を得ました。これは必ず覚えてくださいね。試験に出ますから。知らない人はモグリですよ。

渡辺フミオ 受験じゃないでしょ。あれだけの勢力を誇った元はどうなったのですか?

本の虫課長 1368年に滅びました。代わって農民出身の朱元璋、後の洪武帝が建国したのが明です。日明貿易によって日本も一時、栄えましたが、次第に室町幕府の求心力は衰え、力を蓄えていた守護たちが台頭してきます。有力守護は互いに争い始め、将軍家の跡目争いをきっかけに1467年、「応仁の乱」が勃発。

泉岡マリ 日本は戦国の世へと突入するわけですね。いよいよ大河ドラマ「麒麟がくる」の時代ですね。麒麟よ来い!

本の虫課長 ヨーロッパに目を向けると、ポルトガルとスペインが海外に進出。その後にイギリス、オランダ、フランスなどが続き、領土の獲得と植民地化を巡って世界の覇権を争う大航海時代が始まっていました。ポルトガルとスペインは1494年に「トルデシリャス条約」を締結。両国で世界を二分する取り決めを明文化したのですね。「デマルカシオン(分界)体制」と呼びます。そしてスペインをスポンサーに付けたコロンブスは、世界中で先住民を虐殺・奴隷化し、植民地政策を進めていきました。

渡辺フミオ ええ~! いろいろとひどい! むちゃくちゃじゃないですか。

本の虫課長 そうですね。今の価値観からするとむちゃくちゃです。でも当時のヨーロッパ人にはそうした感覚はありませんでした。「新規事業を始めるためにブルーオーシャンを探してきます」ぐらいの感覚です。機械もコンピューターもない当時、労働力といえば人ですからね。奴隷がいればいるほど、もうかりましたから。

スペインとポルトガル、地球の裏側で再会

 ポルトガルの方はブラジルを支配し、さらにアフリカ、インドへと進みます。マレー半島ではアラブ系の商人を皆殺しにして、さらに南シナ海へと進出。明国との貿易を希望しましたが、マレー半島での虐殺を知った明国はこれを拒否。やむなくマカオに上陸し、要塞を築いて貿易や布教の拠点としました。

泉岡マリ 世界を西回りで攻略するスペインに対し、ポルトガルは東回りで勢力圏を広げたんですね。

本の虫課長 はい。そして両国は地球の裏側、東南アジアのモルッカ諸島(現在のインドネシア東部)で再び出合います。両国は境界を巡りたびたび衝突したため、1529年に同諸島の東の子午線、東経144度30分を境界とする「サラゴサ条約」を新たに締結しました。この境界の延長線上には何があると思いますか?

泉岡マリ モルッカ諸島の東の子午線といわれても……。あ! もしかして私たちのいる…。