いまやっていることが
いずれどこかで実を結ぶ

御立『ワークマン式「しない経営」』に、土屋さんは物産時代、スティーブ・ジョブズのような存在になりたかったとありましたね。

土屋:私はさまざまなアイデアで世の中を変えたい、役に立ちたいと思っていました。

御立:過去形にされるのは早いと思います。じつはスティーブ・ジョブズにも名言があります。有名なスタンフォード大学でのスピーチですが、みなさん“Stay hungry,stay foolish”についてはご存じでしょう。

土屋:有名ですね。

御立:あれはスピーチで3つのことを話したうちの3番目です。
最初に彼が大事だと言ったのは、“Connecting the dots”というのです。

土屋:点と点をつなげる。

御立:概要をお話しすると、ジョブズを生んだ母は未婚の大学院生で、彼を養子に出すことにしました。そのとき大学院を出た人に引き取ってほしいと考え、最初、弁護士夫婦との養子縁組が決まりかけたのですが、この夫婦は女の子がほしいと言いだしてダメになりました。
次に、ジョブズの育ての親となった夫婦に出会うのですが、最初、実の母親は養子縁組の書類にサインするのを拒否しています。妻は大卒ではないし、夫は高校も出ていなかったからです。それでも、この夫婦がジョブズを大学に行かせると約束したため、実の母親は、数ヵ月後にようやくサインに応じました。
ところがジョブスが学費の高いリード大学に入ったため、労働者階級の両親の蓄えはすべて学費になってしまいました。
そして半年後、ジョブズは大学に通う価値が見いだせなくなってしまいました。興味のない必修科目を履修することを嫌がり、「両親が一生をかけて貯めた学費を意味のない教育に使うのに罪悪感を抱いた」ために中退したのです。

土屋:心中は穏やかではなかったでしょう。

御立:しかし中退後もリード大学のキャンパスを放浪し、コーラの空き瓶拾いや電子装置の修理で日銭を稼ぎながら、哲学やカリグラフィなど、興味のあるクラスだけを聴講するもぐりの学生としてすごしました。
当時は、哲学やカリグラフィが何かの役に立つとは考えもしなかったようです。その10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、カリグラフィの知識がよみがえり、美しいフォントを持つ世界初のコンピュータが誕生しました。もしカリグラフィの講義にもぐりこんでいなければ、マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう。

土屋:人生は何がプラスに働くか予測できないものです。

御立:ジョブズはこう言っています。
「将来を予測して、点と点をつなぎあわせることはできない。できるのは、後からつなぎ合わせることだけ。だから、いまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない」