慶應義塾大学と東京歯科大学が2023年4月の統合に向けて協議を開始した。統合で慶應が得るものは歯学部だけではない。実質的に支配していた東京歯科大の「虎の子病院」も手中に収めることができるのだ。特集『慶應三田会vs早稲田稲門会』(全16回)の#1では、「慶應歯学部」誕生の舞台裏を追った。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
“超優良物件”の東京歯科大
創設者は慶應出身の蜜月関係
2020年11月26日、東京都港区の慶應義塾大学南校舎ホール。慶應大のさらなる躍進につながる、ある重大な決断が下されようとしていた。慶應大の意思決定の最高機関である評議員会が、東京歯科大学から持ち掛けられた合併話にゴーサインを出すかどうかだ。
「ご異議ありませんか」。司会が呼び掛けると、評議員を務める慶應大OBの経済界の大物たちからはこんな声が上がった。
「(東京歯科大の)財務状況はきちんとしているようだが、表面的に見るだけではなく、慎重に検討した方がいい」
「慶應大は共立薬科大学を統合した前例があるものの、学校と人間関係には歴史がある。歴史の違う学校なので、十分に検討する必要がある」
複数の評議員の意見を聞いた慶應の長谷山彰塾長は、「慎重にやります」と応じた。再度、司会が「ご異議ありませんか。よろしいですか」と念を押した。会場から異論は出ず、慶應大は「歯学部」誕生へと本格的に動きだした。
慶應大と東京歯科大は23年4月をめどとする合併に向けた協議を開始した。東京歯科大からの合併の申し入れは20年11月6日。協議に2年以上かけるのは少し期間が長い印象を受けるものの、「ソフトランディングにはいろいろな形がある。慎重に検討すべきだという声を反映したのだろう」とある評議員はみる。
両大学は長年親密な関係にあった。東京歯科大の創設者である高山紀齋は1870年に慶應義塾に入塾。90年に現在の慶應大三田キャンパスにほど近い、芝区伊皿子坂上(現港区三田4丁目)に東京歯科大の前身である高山歯科医学院を開校した。また東京歯科大の建学者である血脇守之助は、慶應義塾を卒業後の93年に高山歯科医学院に入学。1900年に高山歯科医学院を引き継ぎ、東京歯科医学院を設立した。
2007年にはがん医療を担う人材育成などについて、東京歯科大と慶應大医学部が連携。さらに12年、医学と歯学の発展に向けた教育・研究・臨床の協力体制を確立するための包括連携協定を締結している。「慶應と東京歯科は兄弟のようなものだ」とある慶應大OBは語る。
歯科医院の数が6万8000を超え、「コンビニよりも多い」とやゆされる歯科業界。定員割れの私立大学歯学部もある中、老舗である東京歯科大のブランド価値に陰りはない。
20年度の歯科医師国家試験の合格率も96.4%で、国公立大学も含め全国1位に輝く。19年度の事業活動収入は279億円で、収支差額は9.5億円の黒字をキープする。
数ある歯学部の中でも“超優良物件”を手中に収めることになる慶應大。メリットはそれだけはない。東京歯科大の“虎の子病院”までもが手に入るのだ。