そうなんですよね。やはりこれは、山食の歴史があってこそのものでしょう。

 山食には「歴史と伝統」というキャッチフレーズがあります。この83年の間に毎年、何千人という人が慶應義塾大学を卒業していきましたが、三田の学部を中心に山食で食事をしてくれたそれだけ大勢の人たちが、山食を応援してくれています。

 体育会関係や応援指導部の方の支援も大きいと感じますね。体育会は毎年、山梨県の山中湖で合宿をするんですが、そこでの食事を長らく山食が担当してきました。私も49年間にわたり、毎年のように合宿の食事を担当し続けてきましたので、自分と同年代の体育会OBとは、もう友達みたいなものなんですよ。

 そうしたメンバーだけでなく、「山食がなくなったら俺たちの飯を食べるところがなくなっちゃう」と言って応援してくれる先生方もいます。実は山食には毎年、年賀状が300枚くらい届くんです。それだけ多くの人たちがいまも山食を支えてくれています。今回の件で、改めて慶應の絆の強さを思い知りました。

 クラウドファンディングの話が出てからは、直接ここに来て応援の言葉を掛けてくれるOBもたくさんいますよ。1960年の伝説の「慶早6連戦」でエースピッチャーとして活躍した清沢忠彦さんという野球部のOBがいるんですけれど、その方も先日ここに来てくれて、今年の秋のリーグ戦は早稲田に最後の最後で優勝を持っていかれたなんて話をしていました。

山食の至るところに飾られた写真山食の至るところに飾られた写真を見ながら、OBとの思い出を語る谷村社長 Photo by A.Y.

 学生時代からずっとここに来て、卒業後にそのまま慶應の教員になった人の中には、「山食は第二の家庭」と言ってくれる人もいる。だから山食は、常に「第二の家庭」になりたいという気持ちでやっているんです。

――80年超も営業を続けてきた上で、心掛けてきたことは?

 山食で一番人気のカレーのレシピにこだわっています。実は、カレーのレシピはこれまで一切変えていないんですよ。伝統のカレーですから、これを求めるお客さんのためにも味を守り続けている。

 うちはほとんどのメニューが手作りなんです。カレーもルーから作っています。小麦粉とカレー粉に、すりおろしたニンニクやおろしショウガ、ラードなどを混ぜて、焼いていく。その“手作り感”が山食の誇りなんですね。

 塾生に対して、いろいろなわがままに応えてあげるのもモットーです。「今日はカレー大盛り食べたいんですけれど、死ぬほど大盛りにしてくれますか?」と言われたら、ただの大盛りじゃなくて特別な大盛りにしてあげたり、「ご飯が残っちゃったからカレーを少し足してください」というわがままも聞いてあげたりしてね。ここは自分の家と同じだから、何でも言っていいよと、できることは何でもやってあげると。それが私のこだわりです。

――カレーの値段も学生に優しい。

 しばらく変えてきませんでしたが、19年の10月、消費税が10%に上がったときにカレーだけ10円上げて、330円にしました。むしろ、「10円だけでいいの?」なんて言われましたけれど、これで十分です。

 そもそも、山食は大学内で商売しているけれど、必ずしも営利目的というわけではないんです。利益を出すことよりも、その分を塾生に還元したいという気持ちの方が強い。だから、業者さんへの支払いとか従業員さんの生活を守るとか、山食が存続できるぐらいの利益が上がっていればいいんです。初代も2代目もそうしてきましたので、私の代もそれを受け継いできましたし、私の次の代にもそうした文化を引き継いでもらいたいと思っています。

――後継者はすでに決まっているのですか?

 いま一緒に働いている長女がやってくれることになっています。長女が山食で働くようになって、約10年ですかね。その頃から、そろそろ後継ぎのことも考えなければと思い、山食を手伝いにきてくれって、長女を呼んだんですよ。それ以来山食で働いてくれて、後も継いでくれるという話になりました。

 ただ、私も現役で続けられるうちはずっと続けるつもりですよ。いま私は81歳です。普通の人だったら80歳にもなれば、とっくにリタイアしていると思いますけれど、たまにOBが訪ねてきて、「谷さんいないの?」と聞いてくるので、なかなか辞められそうにありません(笑)。2代目の社長も87歳ごろまでやっていましたから、そのぐらいまで頑張ろうと思います。コロナ禍という逆風があっても、まだまだ現役を退くつもりはありません。

ダイヤモンドオンラインの特集「慶應三田会vs早稲田稲門会」(全16回)の#4『慶應三田会「ヒト・モノ・カネ」を検証!人脈・経済圏の好循環を生む理由』では、慶應三田会の集金力の全貌に迫っています。

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