朝日 その通りです。スポーツ基本法が施行されたのは2011年で、日本のスポーツ政策が本格的にスタートしてからまだ10年くらいしかたっていません。この大会によってスポーツ政策は大きく進むことになると思います。

 スポーツをテーマに掲げて活動している政治家は多くはありません。それは当然と言えば当然のことです。生活や経済に直結するテーマの方が、政治の課題としてより重要だからです。スポーツは生活や経済の余白にある潤いや楽しみですが、私は人間が豊かに生きていくためには絶対に必要なものであると考えています。その軸をぶれさせずに、スポーツ振興に注力していくつもりです。

朝日健太郎朝日健太郎(あさひ・けんたろう)/1975年、熊本県生まれ。法政大学卒後、1998年サントリー株式会社入社、2002年に退社しプロビーチバレー選手へと転向。2008年北京オリンピック、2012年ロンドンオリンピックにビーチバレー日本代表として出場し、同大会を最後に現役を引退。その後は、NPO法人理事長としての活動や講演、メディア出演等を通じてバレーボールの普及や青少年の育成に取り組む。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科社会人修士課程修了。熊本地震を契機に、だれもが輝ける社会を実現するため、参議院選挙への立候補を決意。2016年東京都選挙区より出馬、初当選。参議院国土交通委員会理事や自由民主党青年局長代理などを歴任し、現在は国土交通大臣政務官、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会実施本部 事務局次長など様々な役職に就いている。

――朝日さんが務められている大会実施本部事務局次長の具体的な役割についてお聞かせください。

朝日 各種競技団体に財政的な支援をして選手を強化していくことが重要な役割ですが、それ以外にもパラリンピック専用の強化施設の整備や、試合会場のあるホストタウンとの関係づくりなどにも注力しています。「東京」をうたった大会ではありますが、できるだけ多くの地域の皆さんにオリンピック・パラリンピックの恩恵を感じていただけるよう、交流などを活発にしていきたいと思っています。

――先にも話が出ましたが、さいたま市はまさにバスケットボールのホストタウンです。ここを本拠の一つとする「さいたまブロンコス」は、東京オリンピック・パラリンピック大会にどのように関わっていくのでしょうか。

池田 地域でブロンコスを経営している立場から、地域でオリンピック・パラリンピックのレガシーづくりに積極的に関わっていきたいと思っています。例えば、地域の企業とタッグを組み、国からの助成も頂きながら、3×3(スリー・エックス・スリー)のコートを市内各地に造るといったアイデアがあります。そのコートに五輪マークを掲げて、東京オリンピック・パラリンピック大会をきっかけに生まれた施設であることを知らせつつ、ブロンコスの選手が指導するプログラムを提供する。そんな取り組みができれば、オリンピック・パラリンピックとプロスポーツのコラボレーションによるレガシーづくりが実現します。あるいは、オリンピック・パラリンピックをきっかけに、引退したバスケやサッカーの元プロ選手が地域のクラブチームのコーチをやったり、学校の部活動を指導したりするといった仕組みを作ることも考えられます。