『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、14万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、東京大学経済学部の柳川範之教授。東大教授への道を独学で切り拓いたことで知られる柳川教授は、「学生から大人まで使える」と、本書を高く評価している。今回は、特に現役の学生と大人に向けて、本書の活用法を語ってもらった。(取材・構成/藤田美菜子)
第1回:高校に行かなかった東大教授が語る「偏差値が高い人ほど、独学でつまずく」本質的な理由

高校に行かなかった東大教授が語る「独学が続かない人」が抱える間違った思い込み

独学を続けるコツは「高望みをしない」こと

――『独学大全』には、独学で一番大事なことは「続けること」だというメッセージがあります。柳川先生は、独学を続けるモチベーションをどのように保っていたのですか?

 僕の場合、独学を続けるコツは「半分諦める」ことでした。つまり、自分の意思に対して、あまり高望みをしない。

 最初はきちっと計画を立てるのですが、大抵は計画通りにいきません。でも、そこで投げ出してしまうのではなく、「しょうがないな」と思いながら、もう1回計画を立て直す。それの繰り返しです。そのたびに、目標設定を少しずつ下げていくわけです。

 言ってしまえば、挫折するのは大前提。それを受け入れる一方で、諦めないことが大事だと思います。

――「挫折が前提」という考え方は、読書猿さんとも一致しますね。一方で、柳川先生の「目標設定を下げる」というアプローチはユニークです。具体的にはどのように下げるのですか。

 例えば、テキストを1週間に30ページ進めようと思っていたとしますよね。でも、実際に進んだのは5ページだけ、みたいな(笑)。

 ここで、次の週の目標設定をどうするかとなったときに、翌週も30ページを目標にしては、同じ結果になってしまう。とはいえ、怠けた結果である5ページをそのまま目標にしてはまずいという思いもある。実現値をそのまま目標にしてはいけないという程度には、理性があるんです。

 そこで、次の週は15ページにしようとか、それでも長すぎたということになれば、翌週は10ページにしよう……みたいな感じです。常に「自分ができることよりちょっと上」の目標を探りながら進めていく。

 よく、独学でやってきたと話すと「意志力が強いんですね」と言われるのですが、自分ではまったくそうは思っていません。むしろ、自分の意志力がそれほど強くないという認識があるので、その前提でできることを考えるのです。

 結局のところ、鋼のような意志力を持っている人などそういません。なのに、誰もが「強い意志力を持っていない自分はダメな人間なのではないか」と考えている。その思い込みを一度外してみることが、独学継続の第一歩なのではないでしょうか。

高校に行かなかった東大教授が語る「独学が続かない人」が抱える間違った思い込み『独学大全』でも第2章で「目標を描く」ための技法が扱われている。画像は「学びの出発点を見極める 可能の階梯」(一部)。
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独学に「向いてない人」はいない

――独学に、向き不向きはあると思いますか?

 独学って、本当は誰にでもできるものだと思うんですよ。

 でも、勉強にしても仕事にしても、「与えられた課題だけこなす」という型にはまってしまった人は、その型からなかなか抜け出せない。ずっと同じ手の動かし方や、首の動かし方しかしていないと、本当はもっと自由な動きができたはずなのに、体が凝り固まって一方向にしか動かせなくなってしまう……そんなイメージです。

 しかし本来、与えられた勉強「しか」できない人などいないはず。子どもは誰でも、「なんで?」といろいろなことを聞くし、新しいことを知れば喜びます。「僕は与えられたものしか吸収したくない」なんて言う幼稚園児が存在するとは思えません。

 なのに、長じてそうなってしまうのは、大人が子どもの好奇心を押し殺し、「これを覚えなさい」と無理やり型にはめてきた結果です。東大生も例外ではありませんが、受験勉強を勝ち抜いてきた人ほど、とにかく与えられたことをやる、正解だけを探すという習慣が身についてしまっている傾向があります。

 しかし今、その壁を乗り越えるべき時代がいよいよ到来していると感じます。

 近年、働き方改革の影響で、ビジネスパーソンには自由になる時間が増えました。コロナ禍の中で加速したリモート化の動きも、この流れを後押ししています。学生たちもまた、コロナによってサークル活動やアルバイトなどの活動を制限され、多くの時間を手にすることになりました。

 そんな中で、手にした時間を持て余している人は少なくありません。

 この時間を利用して、与えられた課題をこなすので精一杯だった状態から脱し、自ら新しいことにチャレンジできるかどうか。そこが「未来」の分かれ目なのではないでしょうか。独学の発想は、そんな局面でも大きな武器になるはずです。

高校に行かなかった東大教授が語る「独学が続かない人」が抱える間違った思い込み柳川範之(やながわ・のりゆき)
東京大学大学院 経済学研究科 教授
1963年生まれ。高校には行かずブラジルで過ごし、独学で大検合格後、シンガポールにて慶應義塾大学経済学部通信教育課程入学。88年同課程卒業。93年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。東京大学大学院経済学研究科助教授などを経て、2011年より現職。