シンポジウムの語源
ワインの赤い色は酒神・収穫神ディオニュソスの「血」と重ねてとらえられた。ギリシア人が、この神に捧げた典型的な習慣に、正式な酒宴を意味する「シュンポシオン」があった。
シュンポシオンは、参加者一二人がもっとも一般的で、三〇人を超えることはまずなかった。水で割ったワインの杯を傾けながら、高尚な哲学から日常雑事の問題まで、ありとあらゆる話題を取り上げて語り合い、ときにはゲームに興じる。長時間飲み続けるので、乱痴気騒ぎ、けんかなどになる場合もあった。
シュンポシオンでは人間の本質が露わになる。よい面も悪い面もあるが、哲学者のプラトンは『饗宴』で師ソクラテスをふくむシュンポシオンの参加者が、愛について討論する様子を描き、アルコール(ワイン)は、適切なルールさえ守ればよい面のほうが優るとした。プラトンはアテナイ郊外のアカデメイアに学園を創設し、四十年以上に渡って哲学を教えたが、講義や討論の終了後には弟子とともに食事をし、適量のワインを飲み、所定の作法にしたがって順番に話をし、そして相手の話に耳を傾けなければならないと主張した。
こうして、プラトンが行ったシュンポシオンの形式は、「一つの問題について、二人以上の講演者が異なった面から意見を述べ、討論および議論を行う」というシンポジウム(討論会)の語源になり、学問の世界に残っている。そのように考えると、「ワイン」がギリシア哲学を発展させたと言えるのかもしれない。
東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授
『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。一九四九年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)などがある。