たとひ、随分極めたる上手・名人なりとも、この花の公案なからん為手は、上手にて(は)通るとも、花は後まではあるまじきなり。公案を極めたらん上手は、たとえ能は下るとも、花は残るべし。花だに残れば、面白さは一期あるべし

(本人はたくさんの花を持っていると思っているとしても、それを観客の目に「花」を見せる工夫ができない役者は、「上手だ」と世間に通っていても、演じる花を見たさに観客が後々までやってくるということにはなりません。逆に観客への見せ方を工夫できる役者は、たとえ能の技術は劣っていたとしても、芸の魅力となる花を持ち続けることができるでしょう)

 残酷なようだが、人は見える花しか見ないのである。見えない花はないのと同じである。

「まだ本気を出していないだけ、これが自分の実力ではない」という態度や、努力のための努力、自己満足のための努力では、厳しい社会では生き残っていけない。

注目されるかどうかは
タイミングにかかっている

風姿花伝『風姿花伝』世阿弥 著、夏川賀央 現代語訳(致知出版社)

 では舞台のうえで、その花をどうやって披露し、輝くか。せっかく十分な稽古をしても、当日の舞台でそれが発揮できなければ元も子もない。重要なのは、場所を知り、その場の状況を知り、それに対応することである。

 たとえば、能の舞台の前に、大勢の観客が集まり、ざわざわして場が落ち着かないことがあるという。

 さるほどに、いかにもいかにも静めて、見物衆申楽を待ちかねて、数萬人の心、一同に、遅しと楽屋を見る所に、時を得て出でて、一聲をもあくれば、やがて、座敷も時の調子に移りて、萬人の心、為手の振舞(に)和合して、しみじみとなれば、何とするも、その日の申楽は早やよし

(そんなときは、観客の方々が能の始まりを待ちかね、いまかいまかと静まっていくのを観察するのです。全員の心、やがて一同に「遅いなあ」と楽屋を見るようになる。このときタイミングよく登場し、ひと声、唄いだせば、やがて客席はその声の調子に引き付けられ、会場内にいるすべての人の心が役者の演技と一体化します)

 タイミングは言うまでもなく重要である。期待感を高めてから始めるのである。オンラインでは参加者の状況が見えにくい。上手に注意を引き付けて、そしてタイミングよく第一声を発しなければせっかくの準備が無駄になる。

 さらに、その場を巧みに支配するには秘密の方法があるという。