新時代に生き残った読書家たち
読み続ける人は何が違うのか

 では新時代でも生き残った真の読書家とはどのようなものか。二つのパターンを簡潔に紹介したい。

 まずはSE職のAさん(37歳男性)である。脳の方向性は完全に理系だが、学生の頃読んだ自己啓発本をきっかけに読書に目覚め、今は小説と新書を主に読む。年間200冊近く読む超人である。

 素直に驚嘆に値する読書量なのだが、それを伝えるとAさんは背中を丸める。謙虚さだけではない、ある負い目を感じているそうである。

「数を読んでいないと不安になってしまう。本を通して多くの知識と教養を仕入れておかないと、自分だけがどんどん取り残されていってしまう気がする。だから活字中毒とは違う。

 そこで『どんなに忙しくても最低月10冊は読む』と決めた。そしたらそれがノルマになって心にのしかかってきて、読書が『本を読むもの』ではなく『“1冊読破”の数字を稼ぐもの』になりつつある。これが良くないとはわかっているのだが、いかんともしがたい」(Aさん)

 超人には超人なりの苦悶があるらしい。ちなみにAさんが読書をするのは「空いた時間があればすぐ」で、スマホもいじるがSNSをちょちょいと触るくらいで済むそうである。SNSの要監視性より読書の方がAさんには強制力を発揮しているようである。

 もう一人は事務職のBさん(48歳女性)で、読書ペースは月10~15冊である。スマホでネットサーフィンもよくたしなむが、読書の時間は別にきちんと確保している。

「好きな作家が常に10人くらいいて、その人たちの新刊や未読の作品を買ってきて読む。書店で目についたものを買うこともあり、好みに合わず終わることが多いが、面白かったらその作家の別の作品を買いあさっていく……というスタイルを若いころから続けている。

 読書は長年の習慣になっているので、別の趣味で時間が削られるというイメージが湧かない。時間が足りなくなりそうだったら、真っ先に読書を優先すると思う」(Bさん)

 Bさんが読書をするのは「夕食後からお風呂を挟んで寝るまでの間」とのことで、おそらくBさんの中では“読書=安楽の時間”という式が条件反射的に設定されているのであろう。

 新時代に生き残った真の読書家たちも、読書に臨む理由は人それぞれらしい。

 最近は『あつまれ どうぶつの森』でゲームが、『鬼滅の刃』でマンガとアニメが、さらに一般的なカルチャーになってきて、娯楽のラインナップが史上類を見ないほど充実している。さまざまな情報もネットで洪水のように流れ込んでくる。読書はそうした新興勢にやや押され気味のていだが、古株ならではの貫禄とその有益性が衰えたわけではない。コロナ禍による自粛で出版業界に特需が訪れたのは、多くの人が「時間さえあるなら読書をしたい」と願っていたことの証左であった。

 筆者もまたいつの日か、読書スイッチを入れることを夢見て、今日もスプラトゥーンに励みたい次第である。