『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
同僚・上司との雑談についていけません
いつも読書猿さんの本を読ませていただき、業務などに活かしています。
ただ、コミュニケーションにおける自分の拒絶反応についてどうしてもうまく解決できません。
仕事では見知らぬお客様と頻繁に対峙し、話をする業態に従事しています。
コミュニケーションが上手とは到底言えないですが、少なくとも数年間お客様とのコミュニケーションに由来したトラブルは今のところ殆どありません。
また、業務上のやり取り(報告連絡相談等)は断じて上出来とは言えないですが行ってきました。
ただ、同僚・上司との間で私的な会話が全くできません。
例えて言うなら、相手個人に対するアンテナが全く立たないのです。
私は同期とも全く仲良くなることができませんでした。私的に会話することはおろか、連絡先も知りません。そもそも友人がいませんし、相手のことを知りたいという段階に精神が届きません。
いざ私的なコミュニケーションの場に立つと、とにかくこの場を切り抜けたいという思考や、失敗してしまったという反省で埋め尽くされ、相手の事を何一つ考えることができなくなります。
同僚との雑談でも、天気とか仕事の話題とかいった一般的なことであれば反射的な応答が可能ですが、例えば家族の情報などについては、踏み込むことは相手の気分を害するという恐怖感に襲われ、口にすることができません。そもそも話す頻度が少ないと相手の情報を覚えておらず、そうなると会話の途中に相手の名前すら思い出せず、話題も提示できません。
悪口や政治の話は特にひどく、馬鹿にされている他人のことや政治姿勢と自分のことを区別できず、この人は私を攻撃していると(たとえ当てつけであろうと、少なくともそうした意思をその場では明確に表示していないにもかかわらず)感じてしまい、硬直し、せめて「そうですね」とでも言えばよいのに、苦笑いするのも精一杯で沈黙し、話の輪に全く入れません。
結果としては周囲の和を乱す形となって迷惑をかけ、陰口を言われたり、軽んじられるような形になりました。自分の能力が高い訳でもない以上、いつかは追い詰められて会社を首になると思っています。
自分の頭の中で暴走する感性をどのように抑え込めば、より円滑に他人に興味を持ち、有効なコミュニケーションを取り、せめて生き延びることができるようになるのでしょうか。
雑談が下手なのはあなただけではありません
[読書猿の回答]
少し落ち着きましょう。
あなたの振る舞いは会社に大きな損害を与えるものでも、法令に違反したものでもありません。業務上必要なコミュニケーションは取れており、あなたが避ける話題もせいぜい「今どきの若い者は付き合いが悪い」と言われる程度のものです。
「和を乱す」というのは、例えばあなたが職場の人たちの相当数を支配下に置き「あいつらとは付き合うな」などと命令して分派活動を行うようなことを言います。今のところあなたにそんなカがあるとは思えません。
現状を解説すると、会話の輪に入らず「和を乱した」あなたに他の人たちが制裁を下しているのではなく、あなた程度の異者を包摂できないほど雑談の練度が低い人たちが、あなたを取り扱いかねているだけだと思います。
ある程度雑談の練度が高い集団であれば、「これは新規参加者が苦手そうな話題らしい」と誰かが気付いた段階で、それとなく別の話題にシフトし、新規参入者になるべく負担をかけない/気づかせないように場を整えるものです。
ちなみに、これができる集団では、時代が変わって、かつてなら雑談や冗談のネタになったけれど、ハラスメントやコンプライアンスの意識の高まった昨今ではセンシティブすぎて平和な雑談にふさわしくなくなったような話題は、自然に淘太されて雑談の話題に上らないようになっています。新参者を情報源に、雑談をアップデートするわけです。
雑談は、サルの毛づくろいにあたるもので、人間関係の基礎を踏み固めるもの、もう少し踏み込めば、お互い何をしでかすか分からない異人状態をいくらかでも脱して、ミクロレベルの安全保障のベースを築くものであり、雑談の利益の受け取り手は集団そのものです。
というわけで現状は、あなたという新規参入者を包摂し損ねた上に、誰もこの状況を改善する方法が分からないために集団が不安定な状態であり、できれば状況改善のためにあなたに動いてほしい(のだけれど何をしてもらえばいいか、いまいち分からない)と雑談低レベル者たちは無自覚に思っている状態です。
つまり、雑談の成否の鍵はあなたが握っており、まだあなたのターン(番)です。
たとえば、上司や職場のリーダー格にあたる人に「折り入ってご相談があるのですが。人間関係のことで」とふられれば相手は逃げるわけにはいきません。
本当は雑談に加わりたいこと、しかし苦手な種類の話題があること等を伝えることはできるでしょう。
雑談のアップデートをしてこなかった人たちが、この程度で変わるとは思えませんが、あなたの自責化した見当違いな悩み方は、この行動で改訂される機会が得られます。
もっとも、こんな低レベルの雑談しかできない人たちと、これ以上一緒に働きたくない、とあなたは思われるかもしれません。
その事に気づけば、「このままでは会社を首になる」と考えるよりは、もう少し前向きな悩み方ができると思います。