日本製鉄が東京製綱への出資比率を19.9%に高めたTOB(株式公開買い付け)は、驚きをもって市場関係者に受け止められた。東京製綱の反対を押し切ってTOBを強行した真意に臆測が飛び交うが、いずれにせよ日本製鉄のような経団連企業でさえも敵対的TOBを辞さない弱肉強食の時代に、日本の資本市場が突入したことを意味する。特集『暗闘 企業買収の新常識』(全8回)の#1は、そんな変化の最前線を追った。(ダイヤモンド編集部 重石岳史)
王子製紙騒動から約15年で「タブー」解禁
伊藤忠、前田建設、コロワイド…大手企業の敵対的TOBが急増
「まさかあの『ゼロイチ銘柄』が敵対的買収を仕掛ける時代になろうとは……」
大手証券会社の幹部は、3月8日に成立した日本製鉄のTOB(株式公開買い付け)についてそう語る。「ゼロイチ銘柄」とは、証券コードの下2桁が「01」で、業種を代表する名門企業を指す。つまり日本の製鉄業界を代表する日本製鉄のことだ。
この幹部の念頭にあるのは、今から15年前の2006年に起きた騒動だ。王子製紙(現王子ホールディングス)が北越製紙(現北越コーポレーション)に仕掛けた敵対的TOB。王子の狙いは経営統合にあった。
王子は北越との経営統合でバランスの取れた事業ポートフォリオを構築できると主張。しかし北越の経営陣は「自主独立」を掲げて反発し、ホワイトナイトとして登場した三菱商事や日本製紙ら大手企業を巻き込んだ熾烈な攻防戦へと発展した。
結局、王子のTOBは不成立に終わり、ディスカウント価格で北越株を引き受けた三菱商事が「漁夫の利」を得る形で騒動の幕が引かれた。
2000年代、村上ファンドやライブドアによる企業買収が世間を騒がせた時代。王子側に就いた野村證券のアドバイザーは「製紙業界のその後を見れば王子の提案は間違っていなかった。しかし、当時は株主も世論も味方になってくれる雰囲気ではなかった」と悔しさをかみ締める。
王子騒動後、野村を含む証券各社は敵対的TOBをタブー視し、企業同士の攻防戦は長らく姿を消した。
しかし19年に伊藤忠商事がデサントに、20年には前田建設工業が前田道路に、コロワイドが大戸屋ホールディングスに敵対的TOBを仕掛け、いずれも成功を収めている。
その延長線上に起きたのが日本製鉄の敵対的TOBだ。「ゼロイチ銘柄」の大物参戦に、証券業界が色めき立つのも無理はない。
ただし、肝心のTOBの中身については首をかしげる者が少なくない。その理由は19.9%という、経営権の移動を伴わない「中途半端」(前述の証券幹部)な出資比率にとどまるからだ。
「稚拙」とすらやゆされる、日本製鉄によるTOBの狙いは一体何か。