宇宙を覆っている無秩序や混沌

 細胞に核を含んでいる生命体、たとえば動物、植物、菌類などは「真核生物」と呼ばれる。核がない生命体は「原核生物」と呼ばれ、ようするに細菌か古細菌だ。古細菌は、大きさや構造からすると細菌と似ているが、実際にはとても遠い親戚だ。いくつかの点で、古細菌の分子の働きは、細菌よりも、われわれのような真核生物に近い。

 原核生物か真核生物かに関わらず、細胞のきわめて重要な部分は「外膜」だ。外膜は分子二つ分の厚みしかない。それでも、細胞を周囲の環境から隔てる柔軟性のある「障壁」を作り、どこが「内側」でどこが「外側」かをはっきりさせている。哲学的な意味においても実際的な意味においても、この障壁こそが肝だ。

 最終的に外膜は、宇宙全体を覆っている無秩序や混沌へと向かう力に、生命が首尾よく抵抗できる理由を説明する。細胞は隔離してくれる膜の内側で、自分たちが稼働するために必要な秩序を定め、それを高めてゆく。

 同時に、自分を取り巻く周囲の環境に無秩序を生むことができる。こうやって帳尻合わせをすれば、生命は熱力学の第二法則(訳注:あらゆるものは時間とともに秩序立った状態から無秩序な状態へと向かう、という物理法則。生き物は秩序あるものを食べて無秩序なものを排せつすることで、体内の秩序を保っている)に背くことはない。

 すべての細胞は、内部状態と周りの世界の状態の変化を検出して反応することができる。自分たちが棲んでいる通常の環境から隔てられても、周囲とは密接に連絡をとりあっている。さらに細胞は、自分たちが生き残って繁栄できるような内部状態を維持するために、常に活性化して働いている。

 このような性質は、子どものころに私が見たあの蝶や、それこそ人間のように、目に見える大きさの生物のふるまいと共通している。

 事実、細胞は、あらゆる種類の動植物や菌類と、たくさんの特徴を共有している。細胞は成長し、繁殖し、自らを維持しており、これらすべてを行うことによって目的に向かっているように見える。とことん存続し、生き残り、繁殖するのだ。

(本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)

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