『起業大全』『起業の科学』の著者・田所雅之さんと、『超★営業思考』の著者で2020年11月にアスリートの生涯価値を最大化するというミッションを掲げる株式会社アスリーボを起業した金沢景敏さんの対談の最終回。「起業」と「営業」は似ていると語る田所さん。「ならば営業実績のある起業家は有利か?」と金沢さんが聞くと、田所さんは一部を肯定しつつ「起業家自身の営業力に頼るのも危険」と答えた。その真意とは?(構成/ライター・前田浩弥)

デスクで“考え続ける人”よりも、“やってみる人”の方が成功する理由写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

顧客の「深い欲求」を探り当てる

金沢景敏さん(以下、金沢) 『起業大全』の「はじめに」には、PMF(プロダクト・マーケット・フィット:市場で顧客から支持される製品やサービスをつくること)が重要だと書かれていますね。ぼくには今、プロダクト、つまり「こういうものを実現したい」という思いやアイデアだけは山ほどあるわけですが、これをいかにマーケットにフィットさせるかが、これからの大テーマになってくるということですね?

田所雅之さん(以下、田所) そうですね。『超★営業思考』でいうところの「顧客視点」がまさに重要になってきます。PMFの第一歩は、お客さまさえも気づいていない深い欲求を見つけること。これを「洞察」といいます。お客さま自身は、「自分が欲しいもの」を知らない。本当にほしいものは自分でも気づいていないのだけれども、その答えはお客さまの頭の中と心の中には確かにある。それを見つけることが大切になります。

金沢 ぼくはプルデンシャルの営業時代、お客さまを触診するイメージで会話をしながら、お客様の「深いニーズ」を探っていました。目の前にいらっしゃるお客さまの顔の表情や目の動き、体の動作、熱、雰囲気、空気感を見ながら「どこがこの人のツボなんだろう。響くんだろう」と探っていましたね。今思えば、狙うべきセンターピンを探していたのかもしれません(センターピンについては、対談第2回を参照)。

田所 一口に「保険加入を検討する」といっても、その内情はさまざまでしょうからね。実は「自分が死んだときのことを真剣に考えて」ではなく、単に奥さんとの関係をよくしたいがためだけに加入するという人だって絶対にいるはずですよね?

「あまり他人にペラペラ話すようなことでもないから」と黙っているけれど、その人が保険に入ろうと思う「本当の動機」というのは、どこかに必ずあるのでしょう。それを察知できるかどうかで、営業マンとしての能力には雲泥の差が生まれるんでしょうね。そういう意味で、お客様の「本音」を探り当てる営業マンのスキルと、PMFは通じるところがあると思いますね。

デスクで“考え続ける人”よりも、“やってみる人”の方が成功する理由田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務める。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全』(ダイヤモンド社)がある。

金沢 おっしゃるとおりだと思います。お客様の思いを「洞察」するという意味で、営業とPMFは非常に近いものがあると思います。

 ただ、これまでぼくがやってきた保険営業では、「個」と「個」で関係性を築き、触診してお客さまの「深い欲求」を探り当てればよかったんですが、それを今度は「事業」として、「社会」に対して行っていかなければなりません。触診する相手が「個人のお客様」から「社会」になるわけです。「顧客」と一口に言っても、性別も年齢も職業も収入もみな違う。どこにセンターピンを刺すのかをしっかり定めてから動かないと、ただの消耗になってしまいますね。

田所 そうですね。ただ、これは簡単ではない。なぜなら、「深い欲求」はお客さま自身でさえ見つけていないわけですから、プロダクトを出す側も見つけられていない場合が多い。それでも、そこをなんとか見つけなければ成功することはできません。

 そのために絶対に必要なのは、現場に出向き、顧客の言葉だけではなくその行動を観察することです。金沢さんは先ほど、営業マンは「目の前にいらっしゃるお客さまの顔の表情や目の動き、体の動作、熱、雰囲気、空気感を見る」とおっしゃいましたが、それをできるだけ多くの顧客に対して行う。そして、多くの「顧客」の「深い欲求」を探り当てる。このプロセスを徹底して行う必要があるんです。

 その意味で、営業マンとして、その能力を磨き上げてきた金沢さんは、起業家として「有利」だと言ってもいいかもしれません。

金沢 ただ、ぼくは「こんな事業をやりたい」という欲求が強すぎることも自覚しています。いくら営業で実績を残してきたといっても、いざ起業するとなると、「こんな事業をやりたい」という欲求が全面に出てしまって、「顧客は本当にそれを欲しているの?」などと「顧客視点」で考えることができなくなってしまうんです。人間って、前のめりになっていると、本当に視野が狭くなるものですね(苦笑)。

 ぼくは計画を練り込む前にどんどん「Do! Do! Do!」と進んでしまうところがある。営業時代は、すでにできあがっている商品を売るわけですからそれでもよかったのですが、「0→1」であるスタートアップでは、事前にしっかりと顧客の「深い欲求」を探り当てておかないと、とんでもない失敗をしてしまいますね。