田所 そうですね。ただ、「深い欲求」を探っているだけでは、「正解」にたどり着くこともできません。ある程度「狙い」を定めたら、とにかく「Do! Do! Do!」でやってみる。そして、いろんなチャレンジをするなかで、何が「正解」かが見えてくるものなんです。

 メルカリが成功したのは、まさに最初から「Do! Do! Do!」をやりまくったからです。動きまくる中で、「自分たちにとって最もよい顧客は、20代の女性だ」ということに気づいたことが、成功の大きなきっかけになったんです。

金沢 へぇ、そうなんですね。

田所 ええ。最初は「自分たちにとって最もよい顧客は誰か」なんて誰にもわかりません。仮説は立てられますが、それが正解かどうかは、実際にやってみなければ、誰にもわからない。

 だからメルカリは、まず「Do」を“ばらまいた”んですね。その中で、「誰が本気で、熱狂的に自社サービスを使ってくれているのか」を綿密にチェックした。結果、お金持ちでもなく、40~50代でもなく、男性でもない、「おしゃれをしたいけど、服に使うお金を節約したい」と考える25歳前後の女性がセンターピンだと気づいたわけです。

 だから、センターピンを立てるのにも、行動量は必要なんですよ。行動量があるからこそ、手触り感のある戦略を立てられる。トライをしたからこそ見えてくるプランニングもあるんですよ。

金沢 なるほど。それは勇気づけられます。「Do」によってこそ「正解」を見つけることができるということですね。

田所 そうです。成果とは、「行動の量」×「行動の質」です。とかく「行動の質」ばかりが重視されがちですが、質ばかりを追求しても仕方がない。量が伴わない戦略は文字通り、机上の空論に終わります。

「トップセールス」に頼りすぎると失敗する

金沢 よくわかります。ところで、起業すると、誰でもまずは営業活動を行うことになります。すると私のような、もともと営業で実績を積んできた人間は、起業で有利になるのでしょうか?

デスクで“考え続ける人”よりも、“やってみる人”の方が成功する理由金沢景敏(かなざわ・あきとし)
元プルデンシャル生命保険ライフプランナー AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
入社1年目にして、プルデンシャル生命保険の国内営業社員約3200人中の1位(個人保険部門)になったのみならず、日本の生命保険募集人登録者、約120万人の中で毎年60人前後しか認定されない「Top of the Table(TOT)」に3年目で到達。最終的には、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な実績を残した。
1979年大阪府出身。東大寺学園高校では野球部に所属し、卒業後は浪人生活を経て、早稲田大学理工学部に入学。実家が営んでいた事業の倒産を機に、学費の負担を減らすため早稲田大学を中退し、京都大学への再受験を決意。2ヵ月の猛烈な受験勉強を経て京都大学工学部に再入学。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍した。
大学卒業後、2005年にTBS入社。スポーツ番組のディレクターや編成などを担当したが、テレビ局の看板で「自分がエラくなった」と勘違いしている自分自身に疑問を感じて、2012年に退職。完全歩合制の世界で自分を試すべく、プルデンシャル生命保険に転職した。当初は、アポを入れようとしても拒否されたり、軽んじられるなどの“洗礼”を受けたほか、知人に無理やり売りつけようとして、人間関係を傷つけてしまうなどの苦渋も味わう。思うように成績を上げられず苦戦を強いられるなか、一冊の本との出会いから、「売ろうとするから、売れない」ことに気づき、営業スタイルを一変させる。
そして、1年目にして個人保険部門で日本一。また3年目には、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織MDRT(Million Dollar Round Table)の6倍基準である「Top of the Table(TOT)」に到達。最終的には、自ら営業をすることなく「あなたから買いたい」と言われる営業スタイルを確立し、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な業績をあげた。
2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReebo(アスリーボ)株式会社を設立した。著書に『超★営業思考』(ダイヤモンド社)。

田所 はい。起業初期のいちばんの強みは、「お客さまと話す人」と「モノをつくる人」が同じだということです。むしろ初期における強みはそこしかないと言ってもいいかもしれません。だから、スタートアップのトップが営業経験者であるというのは、大きな強みです。

 シリコンバレーに「スタートアップゲノム」という団体があります。これは「成功したスタートアップ」と「失敗したスタートアップ」と研究している団体なんですが、面白いデータを出しているんですよ。

「成功したスタートアップ」の平均人数が7人なのに対し、「失敗したスタートアップ」の平均は19人。つまり、人数の少ないスタートアップのほうが成功確率は高いということです。

 これってどういうことかというと、おそらく「『お客さまと話す人』と『モノをつくる人』が同じ」というスタートアップの強みを自ら捨て、初めから営業マンを雇ったりしてやたらと人数多く起業したところは、失敗しやすいということなんです。最初は、トップ自らが営業したほうがよいということです。

金沢 なるほど。

田所 ただ、そこには大きな「落とし穴」があることは認識しておいたほうがいいでしょう。

金沢 落とし穴?

田所 ええ。矛盾したことを言うようですが、営業力があって、多くの顧客からの信頼もある起業家はかえって、スタートアップで失敗しやすいんですよ。

金沢 どういうことですか?

田所 営業力があって信頼もある人間が起業し、かねて付き合いのある取引先に「このような事業を始めました」と挨拶回りをしたら、ほとんどの取引先が「そうか」と喜び、ご祝儀に製品やサービスを買ってくれるでしょう。でもこれは、「その人が起業したから一回買ってあげる」わけであって、本当にその製品やサービスがほしいと思って買ったわけではない。

 金沢さんも同じです。金沢さんがトップセールスをかけたら、断る人はそうそういないでしょう。しかしそれは「金沢さん」を買っているわけであって、「アスリーボの商品」を買っているわけではないんです(編集注:アスリーボとは、金沢さんが起業した、アスリートの生涯価値を最大化することをミッションとする会社の名称)。

 重要なのは、金沢さんの力が働かなくても買ってもらえるかどうかです。売りたいのは「金沢さん」ではなく「アスリーボと組んでいるアスリートの価値」。トップセールスに自信を持っている起業家は、ここを勘違いしやすいんです。

金沢 そうですよね……。ご指摘ありがとうございます。そこは、本当に気をつけないといけないですね。

 たしかに、すごい会社はみんな、「会社の名前」や「社長の名前」はあまり正確に知られていなくても、自社が提供している「サービスの名前」は誰にでも知られている。本当にマーケットに受け入れられている商品・サービスはそうなんですよね。ぼくもここを目指したいと思います。

田所 金沢さんなら、それができると思います。まぁ、もちろん、最初はトップセールスでこじ開けてもいいと思うんですよね。「2回目以降も買ってもらえるかどうかが大事なのだ」ということさえ忘れなければ。買ってもらった後も、純粋な満足度や顧客ロイヤルティを計り、「2回目以降もほしいと言ってもらえるかどうか」を確かめることが大切です。

 そして、金沢さんのパワーが及ばないお客様のところに行って、「アスリーボのプロダクト」として売って、断られる経験も大切です。純粋に「プロダクトに何が欠けているのか」が見えますからね。

 その点、起業と営業は似ていますね。起業にも「断られるのが仕事」という側面があるからです。その中で、めげずに学んでいく姿勢が大事になります。そこは、金沢さんは営業マン時代に徹底的に鍛えられたでしょう。だから、きっとうまくいくと思います。

金沢 ありがとうございます。これからもご指導、よろしくお願いします!

(おわり)