三部新社長は「日本のイーロン・マスク」?
壮大なプレゼンの真意とは

 マスク氏は公言した目標を全て達成したとはいえず、ほら吹きだと断じられたことも一度や二度ではない。だが、高級EV専業メーカーでありながら、年間販売台数が20年に約50万台に到達し、別会社で宇宙ビジネスにも参入するなど、無理だと言われたことを実現させてきた。

 マスク氏が持つ、他人から笑われることをいとわないチャレンジ精神は、近年のホンダから失われていたものだ。マスク氏ばりのスピーチを通じて、チャレンジ精神を社内によみがえらせようとしたのであれば、三部新社長はなかなかの策士だ。

 というのも、現在のホンダは縦割りの官僚的な会社に成り下がり、“あの頃の輝き”は失われている。部門間をまたいだ協力体制も築きにくく、社員が新しい業務に積極的に挑戦できるとは言い難い。

 その背景には、1990~98年に社長を務めた川本信彦氏による、中間管理職の権限を拡大する施策の弊害がある。「意思決定を迅速にする狙いがあったが、限られた人物の間だけでプロジェクトが進み、横のつながりが失われた。その悪影響が今も続いている」と、あるホンダ幹部は明かす。

 ホンダではこの頃から、人事考課で“人柄”が重視されるようになり、前任者の仕事をうかつに批判すると評価が下がることも増えたという。縦割りという前例を否定できないまま今に至っているのはこのためだ。

 縦割り社会での出世競争が激しいことも、チャレンジ精神の欠如につながっている。別のホンダ幹部が「出世競争に勝つために、誰もがライバルの失敗に目を光らせている。ミスをしたら間違いなく袋だたきになる」とこぼすように、足の引っ張り合いも露骨なのだ。

 本田宗一郎氏が健在だった時代には「失敗表彰」という仕組みがあり、派手な失敗をやらかした従業員を本気で称賛していた。挑戦しないで無事でいるよりも、チャレンジして失敗するほうが尊いことを社内に知らしめる取り組みだったが、現代のホンダにそんな気概はない。

 殺伐とした社風のままでは、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング&サービス、電動化)の時代が到来する中でイノベーションを生むことは難しい。三部社長はそれが分かっているからこそ、社内に向けた“劇薬”として、公の場で派手な目標をぶち上げたのだろう。