経済危機を追い風にして韓国5位の財閥に

 だが、こうした“国難”とも言うべき事態の中で、経済危機を追い風に韓国の経済界における地位を上げた異色の存在がロッテだった。

 一連の財閥解体・再編の動きは、コア事業とは無関係な業種への進出のために借入金を用いて無謀な投資を行ったことに原因がある。個人に例えれば、異常とも言える経済成長と景気拡大を当て込んで、借金頼みで商売を手広く拡げたところを不況に襲われ、銀行管理下で店じまいと家財の処分に追われていたというのが、当時の韓国の財閥の姿である。

 かたや韓国のロッテは、日本の重光武雄からの巨額の仕送りと、それを元手にして韓国人経営者、辛格浩(シン・キョクホ)が得た儲け、いわば身銭だけを“本業”に再投資することで利益を積み重ねる堅調な経営を続けてきた。実際、アジア通貨危機の起きた1997(平成9)年時点でロッテは韓国の財閥で10位の位置にあったが、負債比率(資産に対する負債の比率)は200%を切っていたのに対し、双竜は400%、起亜は500%を超えていた(*2)

 なお、韓国政府はその後、主要財閥グループに、99(平成11)年末までに負債比率を200%にまで引き下げ、その実現のために系列企業の整理・資産の売却などを積極的に進めることを約束させたが、ロッテはすでにこの時点で負債比率の基準をクリアしてしまっていた。

 前述したように、90年代当時のロッテはホテルやデパートなどに怒濤の積極拡大投資を行っていた。にもかかわらず、他財閥の負債比率の半分以下というのだから、その強固な財務基盤を垣間見ることができる。これは重光の確固たる経営哲学がもたらした結果だ。通貨危機の8年前、巨額の資金を投入したロッテワールドが完成した年のインタビューでこう語っている。

「他の人に迷惑をかけないというのが私の哲学だ。失敗しても借金を返せる範囲内で投資をしてきた。不動産がその裏付けだ。失敗したらそれを売って返せばいい。韓国にはこれまでに3000億円近い投資をしてきたが、仮にこれが戦争でゼロになったとしても、どこにも迷惑をかけることはない。

 日本の含み資産は1兆円を超すだろうし、韓国の不動産も相当な額になる。しかし、私は財テクや不動産を担保に借りたカネで他人の事業を買おうとは思わない。誰もやったことのない何か新規の思い切ったものを作り、自分の理想を実現したいと思う」(*3)

 ロッテは、他の財閥や韓国政府までが過剰債務体質による体力欠乏に喘ぐ中、躍進を続けることになる。実は、ロッテの潤沢な資金力に目をつけた韓国政府は国営企業の救済を任せようとしていた。IMF管理下で大統領に就任した金大中は、就任から程なく98(平成10)年7月に、公的企業の民営化案を発表した。その一つに、重光が煮え湯を飲まされた浦項(ポハン)総合製鉄(現・POSCO)も含まれていた。政府との交渉に関与したロッテの幹部はこう明かしている。

「韓国がIMF管理下に置かれたとき、財閥で借金が一番少なかったのはロッテでした。IMF危機で韓国の主要産業は軒並み経営危機に陥り、浦項も例外ではなかったのです。重光会長も最後の最後まで買収することに意欲を燃やしていたのですが、出資条件は49%の株式取得。それで重光会長はこの話を断りました。これがもし51%だったら快諾していたと思います」
 
 かくてロッテは、韓国経済界におけるポジションを上げていった。韓国がIMFからの緊急融資を返済して、IMF管理が終了した2001(平成13)年には韓国8位の財閥となった。そして2000年代半ば以降、ロッテは韓国5位の財閥としての座を守っている。韓国の公正取引委員会は、資産額上位企業集団を10大財閥として公表しているが(*4)、トップ5はサムスン(三星)、現代自動車、SK、LG、ロッテ。これに現代重工業、GS、韓進(ハンジン)、ハンファ(旧・韓国火薬)、斗山を加えた10グループで国内総生産の7割を占めるほどの圧倒的な存在である。

 当然のことながら、韓国5位の財閥に上り詰めた理由は、他の財閥がIMF管理による苦境に陥った“敵失”だけが理由でないのは言うまでもない。他の財閥グループが、中核事業以外の売却や不振事業の清算などの後ろ向きのリストラに追われていた時、ロッテグループはコンビニ事業の再構築や、ゼネコンのロッテ建設のマンション事業参入という多角化による立て直しなどで目覚ましい効果を上げており、それらがグループの業績を飛躍させるのに貢献したのである。

 60年代に周囲の反対を押し切って参入したチョコレート事業を重光はこう振り返っていた。

「万が一、チョコレートが失敗した場合でも、チューインガムの利益で十分カバーできるという目算はついていた。決して誰にも迷惑はかけない、と。自分の背丈に合った事業だけを手掛け、無理なことはしない。それが僕の主義なんです」(*5)

 他人に迷惑をかけない。そのために、返せる範囲内の借金にとどめ、自身がやりたい“本業”に投資する――。重光の経営理念は30年以上たっても揺らぐことはなく、それが国家レベルの経済危機によるIMF管理下でもロッテの飛躍を可能にした。次回は、そうしたロッテ経営の根幹を成す重光の経営哲学、そして目指していた企業経営のあり方について取り上げる。

<本文中敬称略>

*2 日本貿易振興機構アジア経済研究所 「経済危機後の韓国-成熟期に向けての社会・経済的課題-」(2007年)
*3 『日経ビジネス』1989年8月28日号
*4 韓国の公正取引委員会では2002年から、それまでの資産総額上位の企業を対象とする企業集団指定制度から、資産総額2兆ウォン以上の企業出資制限企業集団とする制度に変更となり、2004年からは公営企業なども対象となったため、ランキングの単純比較は難しくなっている。
*5 『週刊ダイヤモンド』2004年9月11日号