「依存性はない」はずが
薬は月600錠に激増

 モルヒネは劇的に効いた。痛みが消えるだけでなく、気持ちが明るくなり、マサオミさんは病気になる前よりも陽気になった。あまりにも気分がいいので、当初は飲み過ぎないよう痛みをギリギリまで我慢してから飲むように心がけていたが、やがてブレーキが利かなくなった。処方された量では、次回の予約日まで全然持たない。

「先生、モルヒネはとてもよく効く、素晴らしい痛み止めですね。ただこの頃、効果がすぐ切れるようになってきたのでもっとたくさんもらえませんか」

 せっせと通院し、機嫌よく依頼すると、主治医は気軽に応じてくれた。結局、最初のリウマチ薬は効果が出ず、さらに効きそうな薬を試しているうちにモルヒネの量はどんどん増え、1カ月分で600錠にもなった。

「えっ、あなた。こんなにたくさん薬を飲んでいるの。飲み過ぎなんじゃないの」

 ポリ袋に入れた大量の薬を見た妻が一度、驚いた顔で聞いてきたことがあった。

「大丈夫だよ。医者も痛みのコントロールが目的で飲む分には問題ないって言ってたよ。ちょっと便秘がつらいんだけどさ。リウマチの痛みが強すぎて、これがないともう寝たきりになりそうなんだ。大丈夫、リウマチの薬が効いて、寛解って状況になったら、すぐやめるから。今だけ、この薬が必要なんだ」

 慌てて言い返したが、実は本人も心配で、モルヒネを飲むのを何度か我慢してみたことがあった。するとたちまち、いたたまれないような不安感、激しい動悸(どうき)、鳥肌、大量の発汗、筋肉のけいれんなどに襲われ、とてもじゃないが耐えられない。休日、家に1人でいる時だったので、誰にも見とがめられることはなかったが、もし誰かに見られたら(絶対に、薬物依存だと思われるだろう。公務員の自分がそんなことになったら、大問題だ。絶対に薬を切らすわけにはいかない)と考え、以降は万が一早めに薬の効果が薄れたときに備え、レスキュー薬と呼ばれる速放性(すぐ効果の出る痛み止め)の薬も処方してもらって飲むようになった。

 それから2年間、淡々とした日々が過ぎた。リウマチのほうは効果がある薬が見つかり、進行を食い止められるようになっていたが、モルヒネを減らすことはできなかった。尋常でない量を飲み続ける不安も、いつの間にか忘れた。

 だが、そんな毎日に突然終わりが来た。主治医が隠居し、大学病院の勤務医だった息子が新院長になったのである。マサオミさんがいつものように薬をもらいに行くと、カルテを見た新院長は絶句した。

「驚いた、すごい量を飲まれていますね。これ、全部飲んでいるんですか。それとも家に保管しているだけですか」

「なくなると大変なので、多めに出してもらってはいますが、それくらいの量は絶対に必要です」

 うろたえながらも、懸命に訴えた。モルヒネを減らされるかもしれないと想像しただけで、冷たい汗が流れた。