非がん性慢性痛患者の
大量使用は増加傾向にある

「麻薬をこんなに飲むなんて、本当に大変な痛みだったんですね。つらかったでしょう」

 ここは某大学病院の「痛みセンター」。難治性の慢性痛患者の治療と研究を専門に行うことを目的に設置された医療機関だ。新院長からの紹介でやってきたマサオミさんが持参した薬の束を見た医師は、優しくいたわるように話し出した。

 薬物中毒患者として、軽蔑されたりあきれられたりすることを想像していたマサオミさんは、凍り付いていた心が解け出したように、涙を流した。

 違法ではない医療用麻薬を処方され、依存症になってしまったマサオミさんにはまったく罪はない。では悪いのは誰なのか。こんなことは通常では起こりえないことなのか――。

医療用麻薬の不適切(大量)使用問題に詳しい獨協医科大学の山口重樹教授は次のように語る。

「医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬)は適切に使用されている限りは非常に良い鎮痛薬です。しかし、次第に依存症の問題が深刻化し、オピオイドクライシス(アメリカ社会のオピオイドによる危機的状況)が叫ばれるようになりました。2017年にはトランプ大統領が公衆衛生上の法に基づく非常事態宣言を行い、アメリカでは年間7万2000人(2019年)、カナダでは4571人(2018年)が関連死しています。

 日本では専ら、がん患者用の痛み止めとして使用されていますが、アメリカやカナダでは『痛みの緩和は人権=必要最低限の医療』という考え方に基づいて、積極的な処方が推奨された時期があったのです。

 当初は痛みの緩和目的で適切に使用されている限り依存性はないと考えられていましたが、間違いでした。実は短期間でも精神的依存になりやすい、量がどんどん増えてしまうといった特性があり、依存症患者が急激に増加してしまいました。

 もともと医療用麻薬はがん患者を中心に投与されていたもので、かつてはがん患者の生命予後も限られていましたので、処方の終了は患者の死でした。しかし、非がん性の慢性痛は、いつ薬をやめたらいいのか分かりません。何カ月までなら問題ないのかは、誰も分かっていない。

 どうも使用が長期化するほど、やめにくくなることが明らかとなり、必要最少期間にとどめるべきとの意見が一致し、世界中のガイドラインでは、投与期間について3カ月とか6カ月とかしっかり区切るようになってきました。マサオミさんの場合も、モルヒネの処方を始める際、期限を約束して、厳格に守るべきでしたが、医師はこのことを理解していなかったんですね。そういう意味では、医療行為が病気を引き起こした医原病です。リウマチ、慢性疼痛、薬物依存と3つの病気をマサオミさんは背負うことになってしまったわけです。少しずつですが、私のところでもマサオミさんのような患者さんは増えています。氷山の一角かもしれません」

 マサオミさんは、現在、適切なオピオイド治療に修正してもらい、適切に痛みを緩和しながら、モルヒネによる便秘も改善し、安定した日々を送っている。リウマチの再燃も見られない。

「適切なオピオイド治療とは、必要かつ適切な患者に、オピオイドによる有益が不利益を上回る必要最小限の量で、必要最少期間投与することです」と最後に山口教授は強調した。

※本稿は実際の事例・症例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため患者や家族などの個人名は伏せており、人物像や状況の変更などを施しています。

(医療ジャーナリスト 木原洋美、監修/獨協医科大学医学部麻酔科学講座教授 山口重樹)