捜査員から緊急入電
「逃亡した模様です!」

 隆の素行の悪さは捜査でも明らかになった。裕子について、刑事がスナックで隆の取調べを行ったところ、隆は「酒を飲んでいいですか」と言い出した。刑事が渋々許可すると酒をガブガブ飲み始め、挙句は調書記入で視線を外した刑事に向かい、包丁を投げ始めたのだ。酒乱にしても度が過ぎた。

 松岡里美さんは「北さん」の常連客だったが、やがて裕子から店番を任されるなど夫婦ぐるみで親交を深めていた。

 裕子がホンボシ(犯人)ではないか、と見られるようになったのは、彼女が里美さんの預貯金を引き出そうとしていたからだった。96年1月、都銀阿佐ヶ谷支店の防犯カメラに、2回にわたって里美さんの口座から現金200万円を引き出す裕子の姿が映っていた。さらに裕子が、里美さんの定期預金を解約しようとして失敗していたことも同時に判明した。

「裕子が自宅にいません!逃亡した模様です!」

 取調べが十日目に差し掛かろうとしたころ、彼女を迎えに行った捜査員から慌てて緊急入電があった。

 裕子が逃げた……。

「厄介なことになった」と大峯は思った。重要参考人が逃亡したということはホンボシで間違いないのだろう。しかし里美さんは依然行方不明の状態だ。もし殺されていたとしても、死体がなければ捜査令状は取れないし、指名手配もできない。事件は暗礁に乗り上げたかに見えた。