情夫が発した一言に
一瞬、空気が凍り付いた
男の人生とは魔訶不思議なものだ。吉田は見合い結婚をして一児を授かったものの、その後、夫婦仲が破綻していた。親から「世間体が悪いから離婚はするな」と言われ、家庭内別居を何十年も続けていた。そうしたなかでソープランドの客として裕子と出会い、それ以来20年近くも彼女に入れ込んでいた。吉田は父親から受け継いだ鉄屑工場を経営していたが、時にはその売上げをネコババして裕子にのべ何千万円もの金を貢いできたようだ。
佐野は事件の概要を伝え、雑談を始めた。
――裕子とはどのような関係なのよ。
「………」
さすがに吉田の口は重い。彼も妻子ある身、この手の話題は口にしづらいだろう。
だがこの時幸いしたのは、家の中が静まり返っていたことだった。吉田の父親が旅行に出ており、妻も外出中、娘は受験勉強で自室に引き籠っていた。つまり吉田は家族に気兼ねなく、裕子との関係について話せる状況に偶然にもなっていたのだ。佐野の粘りに吉田も徐々に心を開き始めた。
――裕子から何か依頼されたことはないのか?
「裕子の引っ越しを手伝ったことがあります」
――他には何か手伝いをしたことはなかったか。
「その従業員は、どのくらい前にいなくなったんですか?」
吉田がふいに質問を返してきた。
――1年以上にはなるな。
「それだったら関係ないと思いますけど、3カ月くらい前かな、『聡ちゃん(吉田の呼名)、犬が死んだから犬の死体を運んでもらえないか』と相談され、手伝ったことがあります」
一瞬、空気が凍り付いた。