前年の水準がコロナ禍の影響で低かったこともあり、米国の足元の物価上昇率は急上昇している。しかし、長期金利は逆に低下している。それはなぜなのか。物価上昇が一時的なものにとどまると思われること以外にもさまざまな理由がある。その背景を解き明かしていく。(BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト 河野龍太郎)
サービスへの繰り越し需要拡大が
物価上昇率を押し上げる
ここ数カ月、市場関係者の話題の中心は、「インフレ上昇にもかかわらず、米国の長期金利が上昇しないのはなぜか」である。米国の長期金利は、春先をピークにむしろ低下傾向が見られる。
理由の一つは、FRB(米連邦準備制度理事会)が言う通り、インフレ上昇が一時的であり、いずれ元の水準に戻るから、なのかもしれない。ただ、インフレ上昇が一時的ではなくても、米国の長期金利が上昇しない理由が存在する。
5月の米国のPCE(個人消費支出)コア・デフレーターは前年比で3.4%まで上昇した。米国のインフレ率は当面は高めで推移すると見込まれる。ベース効果(編集部注:前年の水準がコロナ禍の影響で低くなったことで前年比が高めに出やすくなっていること)だけでなく、さまざまな要因があるが、ワクチン接種の普及で、サービスへのペントアップディマンド(繰り越し需要)が広がっていることの影響が大きい。
また、上乗せされた手厚い失業給付を受け取れるがゆえに、労働市場にまだ戻ってきていない人も少なくない。そこに大規模な財政出動の効果も加わり、一気に需要が膨らんだ結果、供給が追い付かないのである。
たとえば、レストランで20組しか対応できないのに、40組の需要が発生した場合、日本では、「そんな時に値段を上げるとは、けしからん」という話になり、同じ価格の下で、待ち行列が発生する。しかし、米国を含め多くの国では、高い値段を払う人に優先してサービスを供給するのがフェアだと考え、値上げが容認される。過去1年半のコロナ禍での飲食業や宿泊業の苦境をみんな知っているから、値上げは理解されやすい。
ただ、これは一回限りの価格水準の切り上げである。ペントアップディマンド、あるいは財政政策の効果が一巡すれば、インフレ率はコロナ前の2%を若干下回る元の水準に戻る可能性もある。ワクチン接種で経済が正常化すれば、労働市場に人々も徐々に戻り、高失業下での人手不足も解消される。
これが、FRBの首脳が現在のインフレ上昇が一時的と繰り返す一つ目の理由だが、二つ目はより構造的な理由である。それは、昨夏の新たな金融政策の戦略でFRBが強調した社会包摂の問題が関係している。