成功の本質は企業内における
「許可感」と「時間軸」

野々村 関灘さんもこうした発言を耳にしているかもしれませんが、「私は(新規事業に向けて)自由に提案してみたり、いろいろなやりかたをしてみたりすればいいと思っている。しかし、組織がなかなかそのように動いてくれない」ということを多くの経営者のかたがおっしゃっています。

 でも現場では、「上はそうは言うけれど……」と感じていることがよくあります。何か能動的に行動をしようとするとき、失敗や批判の恐れや、引っかかりを感じてしまうんですね。要は組織や文化の中に、「許可感」(a sense of permission)がない状態なんです。

 こうした組織の課題をどのように変えていくかが重要なんだと思います。2017年にジェームズ・ハケット氏がフォードのCEO(最高経営責任者)となりました。彼はイノベーション部門のトップからCEOになりましたが、その前は家具メーカーの代表を務めていた。つまり、自動車業界からすると完全に門外漢です。

 そこから徐々に、これまでできていなかった、ものづくりへのアプローチに変化が生まれてきました。クリエイティブな発想が許容される環境になってきたんですね。

 成功の本質という意味ではもうひとつあって、それは時間軸の捉えかたです。

 プロダクトと成果に対する時間軸を組織内で共存させることができるか、それを許容できる組織になれるかどうか、実はこれがかなり難しい。自動車づくりのサイクルを6年とした場合、どうしてもそのサイクルだけで全体の成果を見てしまう傾向があります。7年目以降に生かせるか、そのような時間軸を許容できるか、フォードのケースは、そこが成功のカギだったといえます。

スタートが異なれば
アウトプットはまったく異なるものになる

関灘 ありがとうございます。おもしろいですね。その点、深掘りさせてください。「経路依存性」という言葉があります。大企業は、成功体験を蓄積し、業務プロセスが磨き上げられ、人員数も拡大し、より大きな成功を収めるサイクルを経験しているものだと思います。その過程で、業務のプロセスや物事の考えかたが固定化してしまう。つまり、成功体験に縛られてしまう。結果、新しいコンセプトや新しいものづくりの進めかたなどが生まれにくい構造になるのだと思います。

 フォードさんのケースにおいて、既存の物事の考えかたから、新しい物事の考えかたへとシフトできた理由は何だったのでしょうか?

野々村 臆測の部分もあるかもしれませんが、少なくとも自動車会社に勤めていたことのある私の経験からしますと、自動車をはじめ、製造業というのは、どうしても「台数」から物事を考えるんですね。先ほどおっしゃっていた、まさに何百~何千億円規模の事業をもくろむことが、計画をスタートさせることの正当化となるわけです。

 それに対し、ジェームズ・ハケット氏は「人」から始めることを掲げたんですね。「ユーザーが本当に愛しているものは何か?それを実現することは可能か?」と、計画のスタートを定量から定性にしたわけです。もちろん、いざ計画が始まれば、台数の議論というのは当然、出てきますし、経済合理性も考慮しなければなりません。でもスタートが違うだけでその後のアウトプットというのはまったく異なってきます。

 ただ、難しいなと思うのは、経営者の観点で見たときに、それがどのくらいの時間軸で成果につながるかということがなかなか読みにくい。Greenfield Labsの成果が今後、生かされるかどうかは、そこにかかっているかもしれません。昨年、ジェームズ・ハケット氏は引退し、ジム・ファーリー氏が後任となりましたが、意思が引き継がれるかどうか、気になっているところではあります。

関灘 なるほど、ありがとうございます。(後編へ続く)

イーロン・マスク的なイノベーションと、組織の多様性によるイノベーション、日本はどちらのイノベーションが適しているか? 近日公開予定の対談の後編「イノベーションに必要な要素とは?」もぜひご覧ください。