私たち日本人にとって、アメリカで起こっている事象や一部のアメリカ人の考え方がなかなか腑に落ちないということはないだろうか。トランプ大統領の数々の言動、マスクをしない権利を認める州の存在、保守でもリベラルでもないリバタリアニズム(自由至上主義)の興隆……。
今回採り上げるのは、アメリカで聖書の次に読まれているとまでいわれるベストセラーでありながら、日本ではあまり知られていないアイン・ランド著の『肩をすくめるアトラス』(1957年、邦訳全3巻、アトランティス)である。私自身、元FRB議長のアラン・グリーンスパンが2008年に日本経済新聞の連載『私の履歴書』で彼女を自分の思想上の師として紹介するまで、恥ずかしながらこの著者のことも本書の存在も知らなかった。
米国の知人たちに聞いてみると、皆、当然のように本書のことは知っていた。ある人は「最も影響を受けた本」だと言い、別の人は「とても危険な書」だと言った。徹底的な利己主義によって、世の中を正しく導こうとする選ばれしヒーローたちの物語は、あまりにも極端すぎ、またグロテスクでもある。しかしこれを読めば、紛れもなく現代のアメリカ、否、私たちを取り巻くこの混沌とした社会を見る目が、一段研ぎ澄まされたような気になるに違いない。早速読み解いて行こう。
社会主義者を改心させる?
聖書の次に読まれているベストセラー
本書は小説として書かれているが、思想書でもある。「アトラス」とは、ギリシア神話に登場する天空を肩に乗せて支える巨人アトラスのことである。アトラスが「もう、やっていられない」と肩をすくめる様子が、本書のタイトルとなっている。
社会善と利他主義を旗頭にしてアメリカを社会主義化、共産主義化しようとする政府を、偉大なる賢人たち(発明家、鉱業家、商人、創造のための破壊をする人、組織を運営する人など)がリーダーとなり、それに真っ向から歯向かう。そして、知的活動を担う人々のサボダージュを引き起こすことによって政府を倒し、それまで社会主義化を支持(暗黙の了解も含めて)してきた一般の人たちを「改心」させるというのが筋書きである。セカイ系のアニメ作品としても流通しそうだ。