突然、告げられた進行がん。そこから、東大病院、がんセンターと渡り歩き、ほかにも多くの名医に話を聞きながら、自分に合った治療を探し求めていくがん治療ノンフィクション『ドキュメントがん治療選択』。本書の連動するこの連載では、独自の取材を重ねてがんを克服した著者の金田信一郎氏が、同じくがんを克服した各界のキーパーソンに取材します。今回登場するのは前立腺がんを克服した演出家の宮本亞門さん。タブー視されて語られることのなかった前立腺がんの後遺症について教えてくれました。(聞き手は金田信一郎氏)。
■宮本亞門さんの「がん治療選択」01回目▶「宮本亞門氏、衝撃の前立腺がん発覚!「でも心は混乱しなかった」」
――宮本さんは過去のインタビューで、「がん治療は選択の連続だ」とおっしゃっていました。前立腺がんと分かって、検査やセカンドオピニオンを受けていますが、どのように治療を選択をしてきたのでしょうか。
宮本亞門氏(以下、宮本) まず、ガンになると周りの人たちの状況が変わりました。がんを告白する記者会見を開いたら、気を遣ってか、友人たちからは電話やメールがこなくなり、その代わり、ガンサバイバーからのいろいろなアドバイスが来るようになりました。その中の一人に建築家の安藤忠雄さんもいました。すごい勢いで電話を何回も掛けてきてくれて。
「亞門ちゃん、切っちゃダメだからね」と言うんです。「でも、僕はNTT関東病院にある、ダヴィンチ、ロボット手術機全摘手術をするつもりです」と返答しました。
しかし安藤さんは負けずに「切っちゃダメ」と、重粒子線治療を勧めてくる。安藤さんは、ガンだらけになって5つの臓器を全摘出してきた人ですよ。いくら熱く語ってくれても「説得力ないですよ」とつい笑ってしまいました。
でも安藤さんは、まず、ほかの医師にも会ってセカンドオピニオンを聞くことが必要と教えてくれたのです。
セカンドオピニオンを知りつつ、がんになって、「今後、どう生きるのか」を試されているとも感じました。関東病院の担当医に相談したら、「ご本人が納得するのが一番いいので、ぜひ行ってみてください」と言ってもらい。それで、千葉にある重粒子線治療の施設に行ったのです。でも、そこで言われたのが「うちの機械のメンテナンスがかかる」「治療の予約が3ヵ月先まで埋まっててね」とネガティブな返答ばかり。
これは面倒くさがられているなと思いました。それに、ステージ2~3の状態ではホルモン注射も併用しなくてはならず、数年通い続けるのは海外の仕事もあるし、厳しい。また、放射線治療は、一度受けてしまうと同じところにはもう当てられないそうで、年齢を重ねていくうちに、今後、どこが悪くなるか分からない。放射線治療は最後に残しておいた方がいいという意見があるのも、担当医から聞きました。
安藤さんが熱意をもって教えてくれたのは嬉しかったのですが、私の病気のレベルとタイミング、それに自分が演出する海外での舞台の予定が続いていたこともあり、手っ取り早い全摘出を選択して、NTT東日本関東病院に戻りました。
あとで知ったのですが、執刀してくれた先生はダ・ヴィンチ手術では日本で最も有名な医師の一人だったそうです。このダ・ヴィンチ手術は、術後の痛みも少ないし、成功率も非常に高い。
ただ、前立腺がんの場合、男性がみなさん気にするのは、やはり後遺症ですよね。尿漏れが長く続くとか、勃起不全などは、やはり男性は気にしますから。ほとんどの女性の方は「生きていれば、それでいいじゃない」と励ましてくれるのは嬉しいのですが、内心、「そう割り切れないんだけどな~」と思っちゃいます。
やっぱり、男性って単純ですね。そういった部分も含めて、僕はあえて明るく、正直にテレビなどで発信することにしています。それが僕が前立腺がんになって、まずできることだから。
前立腺がんは、アメリカでは男性では罹患率1位、死亡率2位。特に日本男性は急増していて、もうすぐ罹患率1位になるそうです。これほど前立腺がんになる男性が多いのに、これまでは、核心部分を濁しながら話す人が多くて、実体験をそのまま語らない。男性のプライドもあるし、なかなか話づらいのでしょう。
ただ、僕は演劇を通して人間の様々な心情に敏感でいたいし、それを表現する1人として正直でありたい。もちろん今だって「悩んでない」と言えば嘘になります。実際に知り合いが、「僕は放射線治療で全部治って、アソコも元気だよ」なんて笑いながら言われると、ちょっとムカッとします。何が正しい方法か、間違いかではなく、あらゆる選択肢があるのが、がん治療なんです。
(2021年8月5日公開予定の記事に続く)