阿吽の呼吸から
阿吽の仕組みへ

日置 次に、キャッシュ感覚です。「P /L育ち」の経営者が率いる日本企業では「P/L→B/S→C/F」という順番でビジネスを考える場合が多いのですが、本来は「C/F→B/S→P/L」で考えるべきでしょう。実際、ワールドクラスの企業はC/F起点の経営を実践しています。P/Lは会計期間の損益を計算するルールにのっとって数字がつくられますが、C/Fはビジネスの流れを素直に表します。

入山 日本でも、ベンチャー企業はキャッシュ感覚に優れています。現金が尽きたら終わりという商売なので、当然といえば当然ですが。国内外の元気なベンチャー企業、グローバル企業の決算報告書を見ると、「今は赤字だけれど、将来のキャッシュの根拠となるKPIはこれだけ伸びている」といったことが事業別に説明されています。

日置 投資家にとっても納得感がありますね。そして、第4のキーワードが阿吽の仕組みです。日本企業では、阿吽の呼吸のようなコミュニケーションが大事にされてきました。ただ、多様性が増す環境の中で、阿吽の呼吸だけでは組織を運営しにくい。これからは阿吽の呼吸に頼らない、公平性と包摂性を持った仕組みが求められるでしょう。そのような仕組みを、ワールドクラス企業は備えていますし、改善し続けています。

入山 「分かっているでしょ?」という阿吽の呼吸ではなく、明示的な仕組みを組織の中に埋め込むということですね。

日置 そうです。もちろん、最後は人と人とのコミュニケーションで物事が決まるというのはワールドクラスも同じというか、彼らの方がその傾向は強いかもしれません。

この阿吽の仕組みには、共通言語が欠かせません。最も分かりやすいのは数字です。

入山 日本企業では、事業や子会社ごとに異なるシステムを運用している場合があります。その結果、数字の意味や項目の定義もバラバラだったりする。これらを全てそろえて、ボタンを押せば知りたい数字が出る状態をつくる必要があります。

日置 トップマネジメントが一件一件のプロジェクトの収益性を見るかというと、たぶん見ないと思います。しかし、見られる状態をつくることが重要。共通言語の存在は、多様性のある組織を運営するための、阿吽の仕組みづくりの重要なポイントです。

入山 最後のキーワードは価値観ですね。

青くさく、泥くさく継続する実践の集積が「ワールドクラスの経営」を生む図 ワールドクラスの「基本の型」
ワールドクラスの経営に共通して見られる特徴。「価値観」を中核にして、「未来への眼差し」「おこし方とたたみ方」「キャシュ感覚」「阿吽の仕組み」を備えている。日本企業が学ぶべきところは多いはずだ
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日置 最近は組織の変革という側面に焦点が当たりがちですが、変革のためには「変わらない軸」としての価値観が欠かせません。事業のポートフォリオではなく、価値観を共有できる範囲こそが、「企業の境界」ではないかと思うほどです。このような軸がなければ、環境変化に振り回されるだけになってしまうでしょう。ワールドクラスの企業は価値観を大事にして、組織に染み込ませるための努力を続けています。

入山 掲げるだけでは駄目で、染み込ませるための取り組みが重要ですね。私は企業文化や価値観というは、「行動」のことだと思っています。言葉も大事ですが、それ以上に問われるのが行動です。

日置 ワールドクラスの企業は、価値観を行動に落とし込むための活動にも注力しています。従業員全員が当たり前のこととして自社の価値観を体現できるかというと、容易なことではありません。だからこそ、継続的に努力している。特に、経営陣の率先垂範が大事です。言っていることとやっていることが違うと従業員はついてきません。本当に会社を変えるためには、皆で全体を変えていかなければならないのですから。

入山 私は最近「経路依存性」という言葉で説明しているのですが、会社にはさまざまな要素があって、それらが合理的にかみ合って成り立っている。どこか一つだけを変えても全体は変わらないんですね。日本企業がこの30年間変わることができないのは、この経路依存性が背景にあると思います。だからこそ、全体を変えていく必要があるのではないでしょうか。

日置 おっしゃる通りです。本日はどうもありがとうございました。

青くさく、泥くさく継続する実践の集積が「ワールドクラスの経営」を生む

>>後編に続く