イーロンは鷹の目とアリの目を
併せ持つ男
会社で10億円、20億円単位の商談をしている営業部長に、経理担当者が「部長、先月の出張の宿泊費の金額が1000円違っているんですが……」と恐る恐る尋ねたら、「なんだ、そんなささいなこと気にしてられるか!適当にやっておけ」と一喝された。アナタも似たようなシーンを目にしたこともあるのではないか。

人の頭の中には“モノ差し”がある。大きなモノ差しの人は、小さなことには興味を示さない。その逆に、小さなモノ差しの人は、大きなことは理解できないものだ。
ところが、イーロンはNASAから数千億円、つまりテラ(10の12乗)の金額の契約を獲得しながらも、ロケットコスト削減のために、通常は使い捨てにするロケットの先端部品「フェアリング」を海上で回収して再利用しようとまで考えた。そして実際に成功させた。
こんな両極端の思考を内在させ、巧みに操れる経営者はまずいない。
イーロンはまるで、空からの「鷹の目」と、地面の「アリの目」という両極のモノ差しを持ち、見事に使いこなしているようだ。
だがもし、鷹の目しかイーロンになかったらアリの現場はついてこないし、現場の問題を彼が理解することもできない。その結果、イーロンと部下との間に大きな溝ができて、会社は空中分解しただろう。
では、逆に、アリの目しかなかったら、壮大な目標は決して掲げられず、世間の注目も、多額の資金も、優秀な人材も集まってはこなかった。ちなみに、米国の工学部学生の人気ナンバーワン企業はアップルやグーグルを押しのけてテスラが1位で、2位はスペースXだ。
高度なテクノロジー企業を短期間で偉大な成功に導くには、この2つの両極にある思考をバランスさせ、実行できる才能が極めて強力な武器になり、そして不可欠なのだろう。
だが、これは簡単にマネできることではない。
今年5月に米テレビ番組でイーロン自身がアスペルガー症候群であることをカミングアウトしたが、アスペルガー症候群ゆえに導かれた才能かの議論は専門家に任せるしかない。
ただ、イーロンの言動が一般人に理解されづらいことはしばしばあるし、SNSへの風変わりな投稿で世間を騒がせることもある。
すると、そんな人たちにイーロンはこう言い放った。
「私は、電気自動車を再発明し、ロケットで火星に人を送ろうとしている。なのに、落ち着き払った普通の男だと思ってたのかい」
(経営コンサルタント 竹内一正)
(本原稿は、書籍『TECHNOKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営』の一部を抜粋・編集して掲載しています)