1983年6月、史上最年少で名人となった谷川浩司九段。羽生善治九段の一世代上のトップ棋士として、名人5期、竜王4期などタイトルは通算27期。日本将棋連盟の会長も務め終え、59歳となった今もB2組で現役棋士として戦う。どんな実績や経歴があろうが、それが現役棋士として全く特典にもならない「真の実力社会」である将棋界に君臨する谷川浩司とは。さらに彼はAI(人工知能)によって劇的に変化した将棋界をどう見ているのか。(本文敬称略)
>>谷川浩司九段に聞く・前編は『藤井聡太はなぜこんなに強いのか?将棋のレジェンド・谷川浩司の「天才論」』
「名人を一年預からせていただきます」
1983年6月、加藤一二三九段(81、引退)を破って、21歳2カ月の最年少で名人位を奪取した谷川浩司(九段、十七世名人資格)が口にした謙虚な言葉は、国民を感動させた。
加藤や中原誠十六世名人(73)、羽生善治九段(50、永世七冠資格)らと数々の名勝負を演じた谷川。中でも1995年、阪神・淡路大震災で被災しながら、全冠(当時は七冠)制覇を狙った羽生から王将位を守った大激戦はその年、イチローが在籍していたプロ野球オリックスの優勝、全仏テニスで入賞した沢松奈生子の活躍とともに、被災者を勇気付け、今も語り草となっている。
年齢との戦い、ベテランが勝つ術とは
一般的に棋士が一番強くなるのは20~30代といわれており、どんな棋士も40代からは下降線をたどる。終盤の秒読み将棋での反射神経の衰え、さらには長時間座って考え続けることなども厳しくなる。
現在谷川は59歳。「体力的に若い頃より集中力が続かなくなった」「ちょっと気が短くなり結論を急ぎ過ぎる」などと語る。それでも「ベテランが勝ち残るためには最新形の最先端から少しだけ外れた分野で序盤を互角に進め、中終盤は経験で培った対局観で勝負するのが最善のような気がする」と虎視眈々、勝負師の気迫に衰えはない。
年齢が高くなっても全く衰えなかった棋士もいる。代表例は、大山康晴十五世名人だ。50代でも十段(現在の竜王)1期、棋聖7期、王将3期の計11期を獲得した。59歳の王将位獲得は今もタイトル獲得の最年長記録。がんと闘い69歳で亡くなるまで現役で、たった10人のA級から一度も落ちず、63歳で名人に挑戦、66歳で棋王に挑戦している。記録からも20代の時よりも50代の頃が強い印象だ。「怪物」と言うしかない。
大山の晩年の強さについて谷川に伺った。「もちろん、若い頃からの蓄積がものすごくあり、考えなくても指せることが多かったことがあるでしょう。もう一つは、大山先生は相手が何を考えているかを見抜いていたのではないかと思いますね。表情やしぐさなどからです。危険をさっと察知したりする力が並外れていたのではないでしょうか」。
また谷川は、A級から陥落した森内俊之九段(50、十八世名人資格)が、順位戦のフリークラスに転じた後、AIを駆使し「名人の頃より強くなった」と言うまでになったことを挙げ、AIでベテランが力を延ばす可能性に言及している。