三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘のいわゆる「三角大福中」の派閥が血で血を争う権力闘争を繰り広げた時代もあり、政策も派閥ごとに多様性があった。例えば、吉田茂・池田勇人元首相を源流とする「軽武装経済至上主義」、田中角栄を源流とする「利益誘導政治」、鳩山一郎や岸信介の系譜の保守派である。

 派閥が首相の座を争うことは、「疑似政権交代」と呼ばれた。政策志向も、首相によって明確に変わった。政策が失敗し、党が危機に陥った際には、「プランB」を掲げる首相が登場して、党の危機を救ってきたのだ。

「疑似政権交代」は、自民党内の権力闘争と政策論争に国民の関心を向かわせた。野党は「蚊帳の外」となり、「自民党一党支配」の長期政権が実現したのだ。

 安倍・菅「一強」体制は、その自民党の強さを失わせたのではないか。人材・政策の「多様性」が失われた。「プランB」を持つ党内野党が存在しなくなり、党内での「疑似政権交代」がなくなった。自民党のオルタナティブは野党ということになってきた。

 現に、菅政権は、補選や横浜市長選で野党に連敗した。これは、「一強」体制の自民党が、野党に政権を奪われる可能性が出てきたということだ。明らかに、安倍・菅「一強」体制が自民党を弱体化させて、「政権交代」の可能性を高めてしまったのだ。

 あえて皮肉を込めて言えば、安倍・菅「一強」体制が、「政権交代のある民主主義」の実現に、大きな貢献を果たしたと後世が評価することになるのかもしれない。

「プランB」を提言できる政治家が出てくるか

 菅首相の総裁選不出馬表明で、岸田文雄氏、石破茂氏、河野太郎氏、高市早苗氏、野田聖子氏など次々と立候補が取り沙汰されている。しかし、誰が次の首相になろうと、政策の「プランB」がなく、菅政権の政策を国民の不興を買わない形で遂行し、「選挙の顔」になるだけであれば意味がない。短期的には、次期衆院選で過半数を維持できようとも、長期的には自民党の衰退が続くことになるからだ。

菅退陣に見る下克上ストーリーの限界、自民党が総裁選で生き返るには本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されています。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

 しかし、岸田氏は新型コロナウイルス対策に関する政策を発表した。感染症対応を一元的に担う「健康危機管理庁」(仮称)を設置するほか、国主導で「野戦病院」のような臨時の医療施設開設を進め、「医療難民ゼロ」を実現することを掲げている。

 これは、私が提言してきた「オールジャパンの専門家会議」(第265回)や「自衛隊大規模野戦病院」による医療体制の構築(第283回)に近い考え方で、コロナ対策の「プランB」となり得るものである。

 その他の候補者も、次々と「プランB」を出せば面白い。「一強」体制が終焉し、多様な人材が、多様な政策を訴えて競い合う総裁選になるならば、自民党が本来の強さを取り戻すきっかけとなるかもしれない。