最先端の技術を取り入れるため、
京都からリヨンに3人の若者を派遣する
西陣の人々は、美の追求をなんとか未来へとつなぐため、ある行動に出ました。明治の初めに、三人の若い職人をフランスのリヨンに送り込んだのです。
西陣の職人が当時、フランス語や英語を話せたわけではありません。それでも遠い異国の地へ飛び込んで、技術を学ぼうとする決意と覚悟が、当時の西陣の人たちにはあったのです。
フランスへ渡ったうち二人は腕利きの織り手で、もう一人は織機のスペシャリスト。彼らのミッションは、当時のフランスで最先端の織物技術である「ジャカード織機」とその技術を日本に持ち帰ることです。
京都からフランスへの船による渡航は、文字通り命懸けのものでした。海を渡った三人の職人のうち一人は、帰路、フランスから日本へ向かう船が伊豆沖で沈没して、京都へ戻ることなく命を落としました。
残りの二人が学び伝えた技術と、彼らがフランスから持ち帰ってきた最先端の織機が、西陣織を新しい時代に再生させました。職人が命を懸けて持ち帰った新技術が、西陣織の究極の美の追求を未来へとつないだのです。
このジャカード織機の導入により、西陣の織物が生む美の幅はさらに広がっていきました。時代を経て戦後の日本では、西陣のきものは花嫁が結婚式のときに仕立てる一生ものの宝となり、定着していきます。
伝統産業のイメージが強い西陣織ですが、究極の美を追求するために、最先端の技術も取り入れながら決死の覚悟で自らの技術を進化させてきた歴史があるのです。
続けるということは、ときには大胆な革新を起こす精神が必要、ということなのだと思います。
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。